登場するのは月や星たち  ショートショート集

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一千一秒物語

『一千一秒物語』

著者
稲垣 足穂 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101086019
発売日
1969/12/29
価格
781円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

登場するのは月や星たち  ショートショート集

[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)

書評子4人がテーマに沿った名著を紹介

今回のテーマは「月」です

 ***

 編集部から「月」というお題をもらった日、本棚の前に行き、稲垣足穂『一千一秒物語』の背表紙に目をとめてしまったのが運の尽き。月を描いた名作は古今東西、数限りなくあるのに、もうこれ以外、どうしても思い浮ばない。未読の人に説明するのがこれほど難しい作品はないというのに……。

 数行から、せいぜい原稿用紙1枚くらいの小説を集めたショートショート集である。登場するのは月や星たちで、どれもストーリーというほどのものはない。

 私の一番のお気に入りは〈ある夕方 お月様がポケットの中へ自分を入れて歩いていた 坂道で靴のひもがとけた 結ぼうとしてうつ向くと ポケットからお月様がころがり出て 俄雨にぬれたアスファルトの上をころころころころとどこまでもころがって行った〉と書き出される「ポケットの中の月」。

 ニヒルで詩的でナンセンス。「少年愛の美学」や「A感覚とV感覚」で注目された作家だが、原点はやはり、処女出版であるこの作品だろう。当時、序文を寄せた佐藤春夫は足穂を「セルロイドの美学者」と呼び、芥川龍之介は「大きな三日月に腰掛けているイナガキ君、本の御礼を云いたくてもゼンマイ仕掛けの蛾でもなけりゃ君の長椅子へは高くて行かれあしない」と書いた。

 文庫本には「天体嗜好症」というそそられるタイトルの作品も収められている。秋の夜空を見上げながらぱらぱらと拾い読みするのにちょうどいい一冊。

新潮社 週刊新潮
2020年10月8日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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