三島由紀夫の印象が一変する…幻想、ホラー、コメディなどバラエティに富んだ短編小説が面白い〈新潮文庫の「三島由紀夫」を34冊 全部読んでみた結果【前編】〉

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花ざかりの森・憂国

『花ざかりの森・憂国』

著者
三島 由紀夫 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101050416
発売日
2020/10/28
価格
693円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

34冊! 新潮文庫の三島由紀夫を全部読む[前編]

[レビュアー] 南陀楼綾繁(ライター/編集者)

『仮面の告白』の単行本は、一九四九年七月に河出書房から書下ろしで出たが、翌年六月には新潮文庫に入っている。一年も経っていないのだ。同じ月には、新潮社から書下ろしで『愛の渇き』が刊行される。

 その後、『禁色』第一部は講談社の『群像』に連載、同二部は文藝春秋新社の『文学界』に連載されたが、単行本は新潮社で刊行されている。そして、一九五三年には早くも『三島由紀夫作品集』全六巻が同社から刊行されはじめる。この時の三島はまだ二十八歳。

 新潮社との蜜月は三島が亡くなったあとも続き、『決定版 三島由紀夫全集』も出されている。新潮文庫の三島作品が他社文庫に比べて圧倒的に多いのも納得がいく。
 
 
 そういうわけで、三島漬けになることを要求されたが、先入観はなかなか払拭できず、気がつけばもう十月だ。さすがにまずい。発表された順に読んでいったが、どうも没入できない。やっぱり三島は苦手だ。

 ところが、気分転換に適当に短編を読んでみると、意外に面白い。長編で書いたテーマが短編に圧縮されている場合があるし、作者名を知らずに読んだら、とても三島作品だと思えないものもあったりする。そこで短編を読み進めると、三島という作家の幅の広さを感じ、親しみが湧いてきた。

 三島由紀夫に関して多くの評論・評伝が存在するが、ざっと見たところ、短編への言及がとても少ない。衝撃的な死を読み解くために「憂国」「英霊の声」を論じることを除けば、取り上げられるのは実質的なデビュー作と云っていい「花ざかりの森」や、小説家としての成熟が評価される「橋づくし」「三熊野詣」ぐらいだろうか。これは正直、意外だった。

 新潮文庫には現在、以下の八冊の短編集がある。

『花ざかりの森・憂国』

『真夏の死』

『女神』

『岬にての物語』

『鍵のかかる部屋』

『ラディゲの死』

『殉教』

『手長姫 英霊の声 1938-1966』

 このうち、「女神」は中編として扱われているので除くとして、全部で九十編が読める。決定版全集には短編が百六十五編収録されているので、半分以上になる。

『花ざかりの森・憂国』と『真夏の死』は生前に刊行された自選短編集であり、解説も三島自身が書いている。この解説も含め、三島の短編について一番多く言及したのは三島自身だった。

 前者の解説で、三島はこう書く。

「少年時代に、詩と短編小説に専念して、そこに籠めていた私の哀歓は、年を経るにつれて、前者は戯曲へ、後者は長編小説へ、流れ入ったものと思われる」

 そして、短編をアフォリズム型の「軽騎兵」、長編を体系的思考型の「重騎兵」になぞらえ、軽騎兵から重騎兵へと徐々に移行していったと述べる。

 以下、短編集ごとに私が面白く読んだ作品を紹介する。

新潮社 波
2020年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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