次世代の若者には苦しみを味わってほしくない そんな祈りが世界を変えた

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  • その名を暴け : #MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い
  • ダーク・ヴァネッサ 上
  • 13歳、「私」をなくした私 : 性暴力と生きることのリアル

書籍情報:openBD

次世代の若者には苦しみを味わってほしくない そんな祈りが世界を変えた

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 ジョディ・カンター、ミーガン・トゥーイー『その名を暴け #MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い』(古屋美登里訳)は、ハリウッドの大物プロデューサーによる性的暴行事件を描いたノンフィクションだ。著者はともに「ニューヨーク・タイムズ」紙の調査報道記者。

 数々のヒット映画を手がけたハーヴェイ・ワインスタインには、若手の女優や自分の会社の女性従業員を密室に呼び出し、性的な行為を強要しているという噂があった。しかし、被害者はみな沈黙していた。ワインスタインはどんな方法を用いて女性たちの口を封じたのか。ジョディとミーガンは、情報提供者と密かに接触し、注意深く証言の裏をとり、日付や金銭のやりとりなど揺るぎない事実を積み重ねていく。ワインスタイン側はスパイまで雇って記事の掲載を阻止しようとする。緊迫感に満ちた頭脳戦に引き込まれずにはいられない。権力に立ち向かうとき、大きな武器になるのは詳細な記録だ。

 何より、人間としての尊厳を傷つけられながらも、声を上げた女性たちの言葉の一つひとつが胸を打つ。例えば最初に名前を出して証言することに同意した元従業員のローラ・マッデンは、ジョディ宛てのメールで〈(わたしの)娘たちには、どのような環境であれ、こうしたひどい扱いを“普通のこと”だと受け止めてはならないと教えたいのです〉と語る。次世代の若者には自分のような苦しみを味わってほしくない。そんな祈りが世界を変えたのだ。

 #MeToo時代の『ロリータ』として話題のケイト・エリザベス・ラッセル『ダーク・ヴァネッサ』(中谷友紀子訳、河出文庫)も、あわせてすすめたい。大人の男と少女の恋に隠された残酷な真実が、17年後にあらわになる。主人公の複雑な内面が描かれているところは小説ならでは。山本潤『13歳、「私」をなくした私 性暴力と生きることのリアル』(朝日文庫)は、当事者のひとりとして性暴力被害者を支援する看護師・保健師の半生記。著者の活動は、刑法の性犯罪規定改正を後押しした。

新潮社 週刊新潮
2022年5月26日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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