【訳者が語る】韓国ソウル生まれの作家キム・ボムが描く おばあさんの爽快でちょっと悲しい物語

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

おばあさんが帰ってきた

『おばあさんが帰ってきた』

著者
キム・ボム [著]/米津篤八 [訳]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334914820
発売日
2022/08/24
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

おばあさんから元気をもらう 『おばあさんが帰ってきた』訳者新刊エッセイ 米津篤八

[レビュアー] 米津篤八(翻訳者)

韓国ソウル生まれの作家キム・ボムによる小説『おばあさんが帰ってきた』(光文社)が刊行。本作の翻訳を手掛けた米津篤八さんが読みどころを語る

 ***

 韓国のおばあさんたちは元気だ。エネルギッシュで、おしゃべりで、おしゃれだ。韓国のおばあさんたちは、ピンクや黄色やグリーンなどの原色の服装で、街を颯爽と歩き回る。

 彼女たちの生活力も半端ない。市場で声を張り上げ、手作りの海苔巻きやチヂミのうまさをアピールする。夫の資産を管理して不動産で財をなす女性も多い。私がソウル留学中に借りていたアパートの大家さんも、やはりおばあさんだった。時々いきなりうちのドアをノックし、手土産の栄養ドリンクやゆで卵が入った袋を差し出すと、サササッと家に上がって、早口の釜山なまりで家賃値上げの交渉を始めるのだった。

 しかし、おばあさんたちが元気だからといって、相応の社会的地位が与えられているわけではない。拙訳『おばあさんが帰ってきた』には、男たちがつくる歴史と社会の中で片隅に追いやられてきた、だからこそ自力で頑張るしかなかった、そんな韓国のおばあさんの深い事情が描かれている。

 ある夏の日、「僕」の家に突然、奇怪な恰好をしたおばあさんが訪ねてくる。日本敗戦=朝鮮解放を前に病死したと言われてきた「僕」の祖母が、六十七年ぶりに帰ってきたのだ。ところが奇妙なのは家族たちの反応だ。父さんは生みの母を避けて家に帰ろうともせず、おじいさんに至っては妻の帰還を喜ぶどころか、逆上して聞くに堪えない悪態をつく始末。

 感動の家族再会のシーンを期待していた「僕」は、意外な展開に困惑するばかり。どうやらおばあさんには、後ろ暗い過去があるようだ。

 だが、おばあさんには「秘密兵器」があった。日本とアメリカで稼いだ六十億ウォン(六億円)。それを家族会議で明かした瞬間、男中心だったわが家の権力バランスはガラリと変わり、失恋の傷をひきずる「僕」にも転機が訪れる……。

 激動の歴史を背景に、たくましく生き抜いてきたおばあさんの、爽快でちょっと悲しい物語だ。

光文社 小説宝石
2022年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク