<書評>『椎名林檎論 乱調の音楽』北村匡平(きょうへい) 著

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<書評>『椎名林檎論 乱調の音楽』北村匡平(きょうへい) 著

[レビュアー] 長谷部浩(演劇評論家)

◆熱狂もたらす芸能者の美学

 歌舞伎の根本には「傾(かぶ)く」がある。常識や秩序に対して、反抗的で、異端であること。本書を読み、傾き続ける綱渡りのような生を思った。

 一九九八年、第二弾の「歌舞伎町の女王」でブレイクした椎名林檎は、バンド「東京事変」での活動を経て、三度のライブ「林檎博」では、ドーム級の会場で総合的なエンターテインメントを創造し、観客を熱狂させる司祭となった。

 第一章は、これまでの批評を乗り越えようとする意志に満ち満ちている。「読むこと、聞くこと、見ること、演奏すること」をもくろんでいる。印象批評を超え、自ら演奏してきた体験に基づき、楽理的な解読も行っている。北村は分類と整理によって、対象を箱に収める方法に飽き足らず、「椎名林檎の音楽を感じ直すこと」を重く見る。

 この姿勢に誘われて、読者も「感じたい」と思いはじめる。「歌舞伎町の女王」のミュージックビデオには、アングラ演劇の意匠が散りばめられ、椎名自身は笑顔を一切見せない。宮本浩次と共演した「獣ゆく細道」(「林檎博’18」)では、猛獣使いのような余裕の笑顔を見せた。笑顔の意味って何なんだろうと私は夢想に遊んだ。

 特筆すべきは、椎名の本質に関わる問題に踏み込んだ第十二章である。「林檎博’14」に収録された「NIPPON」(NHKサッカーワールドカップ放送主題曲)で、白に赤いラインが入った特攻服を思わせる衣裳(いしょう)をまとって歌う姿を取り上げた件(くだ)りである。椎名林檎の「右傾化」との批判に対して、「美学が常に倫理に先立つ」と反論した上で「『ファシズムの美学』への親和性の高さと危うさが見出(みいだ)される」と果敢に論を進める。

 私はこの暴走族を思わせる立襟の服を脱ぎ捨てると、ゴールドのスパンコールドレスへと早替わりする指摘を重くみたい。特攻服もドレスも、ひとつの「衣裳」に過ぎず、政治的な意味はない。芸能者としていかに観客を挑発し衝撃を与えるかが第一にあるのだった。

(文芸春秋・2200円)

1982年生まれ。映画研究者・批評家。著書『美と破壊の女優 京マチ子』など。

◆もう1冊

服部幸雄著『市川團十郎代々』(講談社学術文庫)

中日新聞 東京新聞
2022年12月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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