不慮の事故によって右足を切断……絶望したダンサーがAIを搭載した義足で舞台に挑戦する姿を描いた近未来小説

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プロトコル・オブ・ヒューマニティ

『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』

著者
長谷 敏司 [著]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784152101785
発売日
2022/10/18
価格
2,090円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 SF・ファンタジー]『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』長谷敏司

[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)

 ある人物の知識や経験を含めた脳内を、別の人物の脳内に再現するITP(Image Transfer Protocol)の開発を進める女性を主人公にした『あなたのための物語』、ITPがテーマの2編を含む4編を収録し、日本SF大賞を受賞した作品集『My Humanity』など、技術の進歩が否応なく照射する人間の複雑さを描いてきた長谷敏司。最新長編『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』(早川書房)の題材は、人が体ひとつで行う究極の表現方法とも言える、ダンスだ。

 舞台は2050年代の首都圏。コンテンポラリーダンスの世界で抜きんでていた27歳の護堂恒明は、バイクの事故で大けがを負う。頸椎骨折、右足膝下切断。幻肢痛やリハビリの辛さにも増して彼を苛んだのは、もう踊れないという絶望だった。舞踏家として第一線で活躍し続けている父・護堂森からも、励ましの言葉はもらえない。

 そんな恒明のもとを、ダンスカンパニーの仲間でロボット会社の社長でもある谷口が訪れる。彼は高度なAIを搭載した義足の導入をもちかけ、恒明に再起を促す。

 谷口には野望とも言える構想があった。知能を持った義足を装着する恒明をロボットと共演させることで、ダンスという芸術が人間性を伝える謎を解き明かしたいというのだ。彼に説得された恒明は義足との「共生」を始める。しかしこれが難儀だった。体を守るための脚の動きと、踊るための動きはまったく違う。根気よく脚を教育し、手なずけなければならないのだった。

 恒明は脚を「育て」ながら、谷口が立ち上げたチームの一員として、技術者たちと共に舞台を作り上げるべく試行錯誤する。しかしその日常に入り込んできたのは、母の死、そして認知症の症状を見せ始めた父の介護という現実だった――。

 プロとしての大先輩でもある父が、少しずつ父でなくなっていく姿を目の当たりにする哀しみ、介護によって自分の時間が奪われることへの腹立たしさと苛立ち。感情と肉体が直面する、経験したことのない苦労が恒明の思考に影響をもたらし、舞台の上で見せるべきものは何かというベクトルに向かっていく。ダンスが人の心を動かす「仕組み」を、義足とロボットという、人間ではないものをコラボさせることで明らかにしようという試みの行き先が、父を見つめる恒明の眼差しとシンクロして読者を引っ張る。クライマックスのダンスシーンは、これが本当に上演されたら息をのむに違いないと思わせるパフォーマンスが言語化されていて興奮した。この興奮は、介護の部分が丁寧に書かれているからこそもたらされたものだったと思う。

 踊り終えた恒明が得た「人間性」についての、その時点での結論が胸に残る。自分の人間性を担保しているものが何か、読後考えずにはいられない。

新潮社 小説新潮
2023年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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