『表装ものがたり 書画を彩る名脇役を知る』濱村繭衣子著(淡交社)

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表装ものがたり

『表装ものがたり』

著者
濱村繭衣子 [著]
出版社
淡交社
ジャンル
芸術・生活/絵画・彫刻
ISBN
9784473045560
発売日
2023/06/01
価格
2,640円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『表装ものがたり 書画を彩る名脇役を知る』濱村繭衣子著(淡交社)

[レビュアー] 金子拓(歴史学者・東京大教授)

掛軸 深い味わいの工夫

 職業柄古文書を仕立てた掛軸(かけじく)の修理に接する機会があるので、掛軸がどのような部分から成り立っているかわかっているつもりであったが、美術館で日本画の作品を観(み)るときなどは、どうしても描かれた本紙のみに目がいってしまい、その表装を味わうまでには至らなかった。

 表装の面白さを知ったのは、サントリー美術館で観た江戸琳派を代表する画家・鈴木其一(きいつ)の描表装(かきびょうそう)作品がきっかけだった。本書でも紹介されているが、表装部分まで画家が描いており、本紙と一体化して表装もまた絵の一部になっている着想の妙に驚かされた。「表装が現実と絵とを区切る存在だからこそ」、だまし絵のような描表装の表現が、観る者をして愉(たの)しませる。

 そうして表装を観る愉しみをおぼえてからというもの、日本画の素晴らしさにより敏感になった。其一の師・酒井抱一(ほういつ)の「花鳥十二ヶ月図」12幅は、4幅ずつ異なる表装が施され、真ん中の4幅が左右にくらべてやや大きい。鏑木清方(かぶらききよかた)の「明治風俗十二ヶ月」12幅も、中廻(ちゅうまわ)しと呼ばれる本紙を囲む部分が4幅ずつ異なる裂(きれ)で装われている。これらは全体で三幅対の趣向なのだろうか、などとわかったふりをする。

 本書では、掛軸の部分名称から、表装の仕立て方、用いられる代表的な裂の説明まで、まず基本的な解説をしたあとで、さまざまな作品を紹介しながら、表装の魅力をあますことなくわたしたちに教えてくれる。

 表装にはそれを施した人の審美眼が反映される。表装の品格や用いられた裂の美しさだけでなく、作品を掛軸にして鑑賞してきた人の思いや、表装にまつわるドラマを知ることもできる。一見粗末に見える表装にも、その背景には納得の事情が存在する。英(はなぶさ)一蝶が三宅島に流されたときに描いた「島一蝶」作品や、隠れキリシタンが密(ひそ)かに崇(あが)めた聖なる絵などがそうだ。

 本書を読んで掛軸の作品世界が豁然(かつぜん)と開けた。さて今度はどの美術館に行こうかな。

読売新聞
2023年8月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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