『ある日、森の中で クマさんのウンコに出会ったら』
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【クマ駆除】集めた糞は3000個以上!クマ好きの研究者でさえ「駆除は必要」と主張するワケ
[文] 辰巳出版
――プロがクマ対策を担えば解決するということでしょうか?
いいえ。クマ対策の主役はあくまでも地元の住民です。
野生動物管理の大前提として、どこまでが野生動物のテリトリーで、どこからが人間の領域かを線引きする必要があります。それは地元に住んでいる人たちが決めるべきであり、当事者ではない人たちが決めることではありません。かといって、地元の行政に任せきりということでもありません。
まずは集落レベルで誘引物を除去して、薮を刈払うなどしてクマを寄せ付けない環境を維持していくということが重要です。もし、一軒でも「うちは参加しない」ということになれば、そこがクマの侵入路になってしまいます。まずは、あの杉林のこちら側までが人間のスペースで、クマは裏山のあの道路までなら許容するが、そこからは絶対に許容しないなど、明確に行動範囲の線引きをします。それにのっとり、どこでどのようにどのようなクマを駆除するか、または山に追い返すか、どう環境を管理するかを決めるのです。
このように住民ひとりひとりが自分ごととしてクマに向き合い、集落や自治会レベルで対策を講じ、行政レベルにボトムアップしていくのが理想です。
一般人がもしクマに出会ったらどうしたらいい?
――小池先生の近著『ある日、森の中でクマさんのウンコに出会ったら』の中では、クマの糞を探して山をさまよったり、クマ牧場でクマが糞をするのを監視カメラで観察しつづけたり、冬眠中のクマを捕獲しようとして返り討ちに遭いそうになった一幕も紹介されています。そうした経験から、一般人が不意にクマに遭遇した場合にどうすればいいのかアドバイスをください。
絶対にやっていけないのは、走って逃げること、木に登ること、それから大声を出すことです。とにかくクマをパニックにさせてはいけません。
クマがこちらに気づいていなければ、ゆっくり後ずさり、その場を去ればいい。それでもこっちに来てしまったら、クマとの間に帽子などを投げて、そちらにクマが興味を向けている間に後ずさりしてその場を去ります。
今年目立つのは、親子グマの事故です。子連れの母グマは非常にナーバスになっていますので、他のクマなら問題のない距離を取っていたとしても、子グマを守るために攻撃してくることがあります。子グマを見たら一刻も早くその場を立ち去るべきでしょう。近くには高い確率で母グマがいます。
本来、森で暮らすクマは人と遭遇することをひどく嫌います。だからこそ、クマよけの鈴などが役に立つのです。
――人里に出てくるクマの一部は、それほど人を恐れていないように見えます。
この20年でクマの性質が少しずつ変わってきたことは考えられます。そういうクマたちが普段から人里近くで、どのように生活しているかどうかを調べたいところなのですが、群馬県や兵庫県など一部の自治体を除いて、駆除されたクマの死骸はデータを取る前に埋めるなどの処分されてしまうため、年齢も性別も何もわからないことがほとんどです。
理想をいえば、駆除された全てのクマのデータを取るべきでしょう。年齢・性別のほか駆除された場所や栄養状態、繁殖履歴などがわかれば今後の管理に活かせます。
駆除しろとばかり叫ぶのではなく、駆除したからにはそこから得られる情報を最大限生かさないと、感傷的になりますが犠牲になったクマにも申し訳ないと思います。それが人とクマとの共存に役立つのですから。
こうしたクマ管理の手法やプロセスの議論はこれから活発になっていくでしょう。ツキノワグマ研究者として、クマが森に与える恩恵を目の当たりにしてきた者からすると、クマ被害や駆除の報に複雑な思いを抱くことは言わずもがなです。しかし、人とクマとの共存を図るためには、遅かれ早かれ、クマは「保護する動物」から「管理する動物」になっていくでしょう。今年はその分岐点になる気がしています。
(前編:【クマ被害】実を付けた柿の木を放置しないで…「自分は大丈夫」が危ないと専門家が警鐘)
小池伸介
ツキノワグマ研究者。現在、東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院教授。博士(農学)。専門は生態学。
主な研究対象は、森林生態系における植物―動物間の生物間相互作用、ツキノワグマの生物学など。
現在は、東京都奥多摩、栃木県、群馬県の足尾・日光山地においてツキノワグマの生態や森林での生き物同士の関係を研究している。
1979年、名古屋市生まれ。著書に『クマが樹に登ると』(東海大学出版部)、『わたしのクマ研究』(さ・え・ら書房)、『ツキノワグマのすべて』(共著・文一総合出版)など。