日本から巻き起こった新本格ミステリは中国語圏へ 逆輸入される華文本格ミステリ

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  • 文学少女対数学少女
  • 厳冬之棺
  • 13・67
  • 13・67 下

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日本から巻き起こった新本格ミステリは中国語圏へ 逆輸入される華文本格ミステリ

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 1987年に出た綾辻行人の『十角館の殺人』を皮切りに、日本で巻き起こった“新本格”ブームは、やがて海外に広がった。黎明期に生まれて、新本格にどっぷり浸って育った中国語圏の作家たちによる華文本格ミステリが、日本にも少しずつ逆輸入されている。

 1987年上海生まれの孫沁文は、人呼んで、華文ミステリ界の“密室の王”。9月に邦訳が出た『厳冬之棺』(阿井幸作訳)では、大雨で水没していた半地下の貯蔵室で、屋敷の長男の遺体が見つかる。死因は窒息。死亡推定時刻、貯蔵室の扉は水中にあったため、外部からの侵入は考えられない。この“水密室”から犯人はどうやって脱出したのか?

 この謎に挑むのは、特異な推理力で過去たびたび警察の捜査に協力してきた人気漫画家・安縝。彼の目的は、屋敷の一室に下宿している新人声優の鐘可を安心させて、自分の漫画を原作とするアニメのヒロイン役を演じてもらうこと(!)。そんな名探偵の前に、第二、第三の密室が……。80年代末の新本格繚乱期を思い出させるような懐かしい作風が特徴。

 対する陸秋槎(1988年北京生まれ)の『文学少女対数学少女』(稲村文吾訳、ハヤカワ・ミステリ文庫)は、本格ミステリをめぐるマニアックな議論を百合小説のかたちでつきつめる、先鋭的かつオタク的な作風。ミステリ好きJKの主人公・陸秋槎が、高校の同学年で数学の天才の韓采蘆の力を借りてさまざまな謎に挑む。カントールの連続体仮説やフェルマーの定理やグランディ級数を本格ミステリにからめつつ、作中作との二重構造を利用して、(マニアの間で議論の的になっている)後期クイーン的問題と格闘する。

 この二人の先輩格が75年生まれの陳浩基。17年に邦訳された『13・67』(天野健太郎訳、文春文庫、上下巻)は、週刊文春1位、このミス2位など日本のランキングでも高く評価された。2013年から1967年へと時代を遡りながら、香港警察のレジェンド、クワン警視が関わった六つの事件を、香港の歴史とからめて本格味たっぷりに描く。

新潮社 週刊新潮
2023年12月21日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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