家族に見捨てられた少女、拉致監禁犯の父に育てられた女性…誰にも支配されない女性主人公のミステリ

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  • ザリガニの鳴くところ
  • 沼の王の娘
  • 詐欺師はもう嘘をつかない

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誰にも支配されず誇り高く過酷な運命に抗う女性主人公を描くミステリ

[レビュアー] 若林踏(書評家)

 理不尽な状況の中をただ一人、生き抜く主人公の姿が胸を打つ。ディーリア・オーエンズ『ザリガニの鳴くところ』(友廣純訳)とはそういう小説である。

 舞台はノース・カロライナ州の海岸に近い湿地帯だ。過酷な環境のために人々から見放されたこの土地で、世間から隔絶する形でクラークという一家が生活を送っていた。貧困のために家族は散り散りとなり、やがて湿地の小屋には六歳のカイアと酒浸りの父親だけが残る。その父もほとんど家には帰らず、幼いカイアは一人で生きるための術を身に付けなければいけなかった。

 家族に見捨てられた少女が逞しく生き抜こうとする成長物語が展開する一方で、小説では湿地で男性の死体が発見された事件の謎解きが描かれていく。亡くなったのは町の有力者の息子で、現場の周辺には足跡が全く無かった。

 謎解きのパートでは不可解な状況を巡る推理が魅力的だ。しかし、それ以上に読者の心を揺さぶるのは謎解きの過程で浮き彫りになる弱者への無意識な偏見だろう。無自覚に力の無い者を蔑ろにする事の残酷さと、それに屈する事無く尊厳のために戦うカイアの力強さに息をのむ。

 自身の尊厳を取り戻すために戦う女性を主人公にした物語が、近年の翻訳ミステリにおいて目立つ。カレン・ディオンヌ『沼の王の娘』(林啓恵訳、ハーパーBOOKS)もその一つで、かつて拉致監禁犯の父に育てられた女性が刑務所から脱走した父を追跡する、という話だ。また、テス・シャープ『詐欺師はもう嘘をつかない』(服部京子訳、ハヤカワ・ミステリ文庫)では、銀行強盗の人質になった十七歳の少女が、友達と恋人を救うために詐欺師の母親に教え込まれた技能を使って窮地を乗り切ろうとする。

 この二つの作品に通ずるのは、自分を取り戻すための戦いが描かれている事だ。主人公達は自身を縛り上げていた過去と対峙し、親から継いだ忌むべき能力を己の人生を切り開くための武器にして抗おうとする。誰にも支配されず、自分が自分であるために戦う事の尊さを描いているのだ。

新潮社 週刊新潮
2024年1月25日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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