人はなぜ、戦うのか――若きリーダーの死闘から、愛と死について元タカラジェンヌが真剣に考えてみた
星組宝塚大劇場公演初日の本日、元宝塚雪組、早花まこさんによるブックレビューをお届けします。
今回取り上げるのは高橋克彦さんの歴史長編『火怨 北の燿星アテルイ』。宝塚では、2017年に礼真琴さん主演で上演され、大好評を博しました。はるな檸檬さんによる、礼さん&有沙瞳さん、そして瀬央ゆりあさんの美しく躍動的なイラストにもご注目ください!
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そこには清々しい「戦さ」があった
「どうして人間は戦うのか」
この問いの答えを、世界中の人々があらゆる時代に探し続けている。答えに近づけば近づくほど、人間の愚かさが浮き彫りになり、虚しささえ感じてしまう。
宝塚歌劇団で上演される作品では「なぜ人は愛し合うのか」という問いが、しばしば投げかけられる。その甘やかな疑問と、「どうして人間は戦うのか」という問いはどこか似通っているように思える。
心惹かれ合う恋人たちは、時として当人にも理解しがたい衝動に突き動かされていることがある。では、戦さはどうだろうか。政治の成り行きや、権力者の思惑に翻弄され殺し合う兵同士には憎しみも恨みもない、そんな悲しい戦闘がある。
いかなる理由があっても、戦いは肯定されるべきではないと私は思う。だが、この小説を通して知った「戦さ」は清々しく、戦う人々は純粋だった。
「なぜ、戦うのか」。答えの出せないはずのこの問いかけを、強靭な胸に受け止めてくれる一人の男がいる。
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- 火怨 : 北の燿星アテルイ 上
- 価格:838円(税込)
『火怨(上)(下)北の燿星アテルイ』は、高橋克彦さんの歴史小説である。
平安時代のはじめ頃の陸奥(みちのく)で、蝦夷(えみし)を束ねる若者・阿弖流為(あてるい)と仲間たち、朝廷の坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)の戦いを描いた作品だ。1999年に刊行されて以来、テレビドラマ化や舞台化されるなど、この物語は注目され続けている。
宝塚では2017年、ミュージカル「阿弖流為-ATERUI-」のタイトルで、星組の選抜メンバーによりシアター・ドラマシティと日本青年館ホールで上演された。脚本・演出は、大野拓史先生。
長編小説を舞台化する際、問題となるのが脚本の長さだ。舞台の上演時間は、どうしても限られている。小説に書かれている何十年もの年月に起きた出来事を、大勢の登場人物の活躍と共に描くことはまずできない。
物語のどこに焦点を当てるか、原作の本質を損なうことなく舞台作品として仕上げるためには、脚本と演出に多くの工夫が必要だ。
「阿弖流為-ATERUI-」は、蝦夷の巫女が厳かに舞う神聖な儀式の場面から始まる。朝廷の参議である紀広純(きのひろずみ)は、嘲りながら巫女を斬り殺す。
阿弖流為たちが朝廷と徹底的に戦う決意を固めた背景には、屈辱を強いられた歴史がある。長年にわたって蝦夷は獣同然に扱われ、見下されてきた。蝦夷の抵抗は決して暴力を好む気持ちからではなく、「同じ人間として対等の存在でありたい」という、人として当然の思いからであった。
長きにわたる迫害を全て説明しなくとも、理不尽な殺戮を楽しむ紀広純と悲しむ蝦夷たちのシーンは、阿弖流為たちが戦う背景を観客に理解させてくれる。
舞台に浮かぶ文字の力
「阿弖流為-ATERUI-」の舞台を彩ったもののひとつに、映像技術がある。舞台上の広範囲に映し出される映像は、大道具、背景、人物を描き、照明効果のように使われるシーンもあった。
この小説を読んで私が興味を惹かれたのは、登場人物たちの名前であった。「阿弖流為」、「母礼(もれ)」、「伊佐西古(いさしこ)」、「阿奴志己(あぬしこ)」。漢字一文字にも物語があり、字面から受ける人物の印象が驚くほど膨大なのだ。
物語の冒頭で、主要な登場人物が現れると、映像と共にその名前が映し出される。それぞれの難解な名前が聞き分けやすくなることはもちろん、舞台に映える漢字は空間を芸術的に彩っていた。
蝦夷の彼らは、己の名にも誇りを持っていただろう。彼らの魂を表すかのような字そのものを舞台美術に使った演出に、物語の始まりから心が昂った。
この冒頭から、物語は勢いを失わずに展開し続ける。
次々と起こる戦さはダイナミックに描かれ、阿弖流為が同じ民族の娘・佳奈(かな)と恋心を交わすシーンで緩急をつけながら、長編小説の重量感を失うことなく表現していた。
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