ザ・ブックレビュー 宝塚の本箱
2021/03/29

「ロミオとジュリエット」の悲劇が終わる時……原作を読んだ元タカラジェンヌが考える

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イラスト:はるな檸檬

 特別企画としてお届けしていた、元宝塚雪組・早花まこさんによるブックレビュー、大好評につき連載となりました! 記念すべき連載初回は、星組宝塚大劇場公演千秋楽を祝して「ロミオとジュリエット」を取り上げます。シェイクスピアもびっくり、翻訳版の意外な魅力とは? はるな檸檬さんの美しいイラストにもご注目下さい。

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脳内変換で古典を楽しむ

 シェイクスピアの著作の中では特に有名な戯曲「ロミオとジュリエット」が書かれたのは、1597年のこと。今から実に400年以上も前だ。

 14世紀イタリアの街ヴェローナでは、はるか昔からいがみ合っているふたつの家があった。その両家、モンタギュー家のロミオと、キャピュレット家のジュリエット。二人の出会いから、わずか5日間のうちに起こる出来事が描かれた物語だ。だが実際にこの戯曲を読んだという人は、その知名度の割には少ないのではないだろうか。

 本が好きな人でも、戯曲を読む人はあまりいない。戯曲は小説と違い、場面説明や人物の描写が簡潔だ。読み手は、台詞のやりとりとト書きから情景を思い浮かべる必要がある。私自身、戯曲は「演劇をやる人のもの」と思い込み、日常にある読み物とは分けてとらえていた。だが想像力をはばたかせる楽しさにはまると、ページをめくる手が止まらなくなる。

 昭和26年に中野好夫さんが翻訳した原作を読んで興味を惹かれたのは、注釈と解説のページだ。本編の面白さはさることながら、翻訳者の意図や英文の洒落の意味など「なるほど」と思う注釈が盛り沢山。さらに解説には、シェイクスピアの生涯から当時の劇場の造りといった事柄が詳しく書かれている。

 中野さんによる「ロミオとジュリエット」の翻訳は大変レトロ……というか、まるで落語か時代劇のようだ。イタリア貴族たちの悲恋物語は、私の脳内で、ちょんまげ姿の侍や江戸っ子たちがチャンバラを繰り広げるドタバタ喜劇に変換されてしまった。

 親友のマーキューシオを殺されて憎しみにかられたロミオが、ジュリエットの従兄ティボルトを殺めてしまう有名なシーン。戯曲では淡々とした台詞が続きあっさりした印象なのだが、歌舞伎の荒事だと思えば躍動感が加わる上にコメディとして楽しめる。

 このように、原作はとても愉快な和風の言葉に溢れている。ロレンス神父は「上人様」、パリスとの結婚に逆らうジュリエットを父が叱り飛ばす台詞「病人面の青びょうたん、白蠟色のおひきずりめが!」、マーキューシオがふざけて歌う「lady,lady,lady」などは「いとはん、嬢さん、おひいさん」である。

 まさかパロディ級の翻訳をされるとは、シェイクスピアも驚いているだろう。これこそ偉大な作家が理想とした、大衆の娯楽作品!?と笑いながら読んでいると、物語のスピード感にぐいぐい引き込まれていく。

 当時の戯曲は庶民の楽しみや時事的なニュースの伝達手段であり、このお芝居も、ロマンティックな悲劇ではなく大衆が好むおかしみのある作品として読むこともできる。

愛と死を可視化する

これまで全世界で幾度となく上演されたり映像化されたこの作品が、現代ミュージカルとして生まれ変わったのは、2001年。

 ロックミュージカル「ロミオとジュリエット」は、ジェラール・プレスギュルヴィックが作詞、作曲を手掛けたフランスの作品である。

 フランス版の特徴のひとつは、死という役があること。これにより、ロミオとジュリエットに不吉な死が常にまとわりついていることが可視化された。

 2010年日本での上演時、さらに愛という役が加えられたのは宝塚ならではの演出だった。愛と死は舞台上で闘い、時には惹かれ合うようにお互いを見つめる。

 星組で初演された際のキャスト、死は真風涼帆さん、愛は礼真琴さん。眼差しや指先の微かな動きまでが、人間ならざる存在を形あるものに仕上げていた。台詞が一切ない二人の表現は、両家の争いや人物の心情に深みを与え、それ以降の上演でも愛と死を重要な役所に昇華させた。

ロミオが恐れるもの

 宝塚版の見所は、ロミオの繊細かつ一途な人物像だろう。原作の彼は移り気で浅はかなおぼっちゃんに見えるが、舞台の上のロミオは純愛にひた走る。

 現代の人も共感できる素直な台詞と、感情の高鳴りを多彩に表す音楽。荒々しいロックテイストなのに耳馴染みの良い旋律が、ロミオの心情を強く打ち出す。若木のようにしなやかでか細い心をもつロミオが、たったひとつの恋によって荒れ狂う様は、甘く苦しく胸に迫る。
ロミオのソロナンバー「僕は怖い」は、強いインパクトを残す曲だ。青春を謳歌して遊び暮らしていても、彼は忍び寄る死の影に怯えている。

 ミュージカルやレビューでは、どちらかというと、生きることを肯定する表現が多い。劇場にくる人たちに元気を届ける演目や、悲痛なナンバーでも死への本能的な恐れを主題としたものは少ない。

 子供の頃、命には限りがあるということがとてつもなく恐ろしかった記憶はないだろうか。健康で怖いもの知らずな若者の心を、ふとした瞬間によぎる不安。

「僕は怖い 君が爪弾くギターの音色 風に流され消えていくのが 怖い」

 ロミオの青い感受性が震えるこの曲は、悲劇の予感を伴って観客の心に強く訴えかける。
同じ「若さ」でも、ロミオの親友マーキューシオは対極の存在だ。若いゆえに無鉄砲、刹那的に人生を楽しむ彼は、今日と同じ明日が来ることを信じて疑わない。

 ミュージカルでは、14世紀からかけ離れた現代風の舞台衣装(ロミオはデニムを着ているし、ジュリエットはミニスカートの場面もある)が使われていることもあり、過去と現代の若者が重なって見えるのも面白い。年若い世代が抱く葛藤や過剰な力は、時代や文化を超越して浮かび上がってくる。

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