発酵食の歴史 マリー=クレール・フレデリック著

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発酵食の歴史

『発酵食の歴史』

著者
マリ=クレール・フレデリック [著]/吉田春美 [訳]
出版社
原書房
ISBN
9784562056330
発売日
2019/02/21
価格
3,850円(税込)

発酵食の歴史 マリー=クレール・フレデリック著

[レビュアー] 藤原辰史(農業史研究者)

◆世界各地で醸成された文化

 発酵食の世界史である。

 発酵とは、微生物の分解の力を温度・湿度や塩分濃度の調整によって制御し、腐敗の速度をゆるめ、独特の風味を醸し出す古来の技。著者はフランスのフードジャーナリストだが、味噌(みそ)、醤油(しょうゆ)、納豆、鰹節(かつおぶし)、漬物、鮒寿司(ふなずし)、酒など日本列島でもおなじみの発酵食にもきちんと言及されている。発酵食の再評価がめざましい日本で、いま一度、その文明史的位置づけを知るにはちょうどいい按配(あんばい)の本だ。

 この本から学んだことは、第一に、文化史との接合可能性である。自然に泡が湧く現象に神秘を見た先人たち、発酵食を神の身体ととらえる諸宗教の象徴体系(キリスト教ではパンとワイン)、発酵食に死から生への再生を見る民間伝承など、人間の感情と食の交流史を発酵から眺めるといろいろな発見がある。

 第二に、発酵食が持つ世界的共通性である。その多様性は誰もが認めることだが、実はその背後には、保存性を高めること、風味を豊かにすることといった有用性はもちろん、超越的なものを感じること、物事のはじまりを知ること、同席者との共存感覚を養うことなど、精神的なものまであって興味深い。

 第三に、食品産業の勃興が地域で特色のある発酵食を衰微させたことである。「過激な衛生主義」による「微生物の排除は、食品生産を規格化、画一化し、それによって収益が上がるようにするための口実」と言い切っているように、著者の批判の矛先は現在の食品産業と、大量の食品生産と廃棄を繰り返す私たちに向けられている。それは、発酵食が地域の風土と微生物の性質に依存しているため、画一化とは本来的に相容(あいい)れないからである。

 口の中が幸福感に満たされる快楽的な知の旅路が、終着点で、現状の食文化への厳しい批判の嵐へと豹変(ひょうへん)する本書の書きぶりに、フランスのフードジャーナリズムの気概も感じられた。発酵食の魅力に体をよじらせ、発酵食の劣勢を直視すること。甘い快楽と苦い批判をどちらも味わえるのが本書のポイントだ。

(吉田春美訳、原書房・3780円)

フランスのライター、ジャーナリスト。食品や料理を専門とする。

◆もう1冊

小泉武夫著『醤油・味噌・酢はすごい-三大発酵調味料と日本人』(中公新書)

中日新聞 東京新聞
2019年4月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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