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文芸評論家・縄田一男が推薦 ハードボイルドとジャズに酔う470ページ
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
ジャズのスタンダード・ナンバーの中には、女に振られた男が管をまいている名曲がある。その双璧が“エンジェル・アイズ”と“ワン・フォー・マイ・ベイビー”だろう。
前者は、惚れた女にパーティをすっぽかされた男が、酔っ払って、さぁみんな、俺の天使の瞳のために一杯、飲んでくれ、といっている歌で、後者も女に振られた男が、バーテンのジョー相手に、俺の可愛子ちゃんのために一杯くれ、といっている歌である。
何故、こんなことからはじめたかというと、ジョン・サンドロリーニの『愛しき女に最後の一杯を』の原題が“ワン・フォー・アワー・ベイビー”で、そのアワーがフランク・シナトラと彼の親友ジョー・ブオノーモだからである。ジョーは第二次大戦中の空の勇士であり、いまは知人と航空会社をやりながら、シナトラのトラブルシューターとしても活躍している。
ある日、ジョーは、シナトラから正にそのベイビーがザナックのスクリーンテストを受けるので、現地まで送り届けてくれと頼まれる。そのときのシナトラの台詞が、「君の華奢な翼で月までひとっ飛びしてもらう必要が出てきた」と、はやくも名曲からの引用で、思わずニヤリ。和田誠の『いつか聴いた歌』(文春文庫)でも引っぱり出してきたくなる。ちなみにこれほど楽しいスタンダード・ナンバーの案内書は滅多にない。
そして話を元に戻すと、その女性ライラは、何と、かつてのジョーの婚約者ヘレンではないか。
そのヘレンが失踪、彼女の友人が殺されるに及んで、シナトラの手を借りたジョーの必死の探索行がはじまるが……。
たとえば、ウィリアム・アイリッシュの『夜は千の目を持つ』(創元推理文庫)が映画化された際、そのテーマ曲がジャズのスタンダードになった例もあるが、本書は、正にジャズ・ファンとハードボイルド・ファンにとって陶酔の四七〇ページといえよう。
そしてラストに訪れる男泣かせのセンチメンタリズム。たまりませんなぁ……。