前田幹夫 彼らの姿は未来の私たちかもしれない

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介護殺人

『介護殺人』

著者
毎日新聞大阪社会部取材班 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103505112
発売日
2016/11/18
価格
1,404円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

前田幹夫 彼らの姿は未来の私たちかもしれない

[レビュアー] 前田幹夫(毎日新聞「介護家族」取材班代表)

「取材を受けるかどうか、家族で相談してくれましたが、母親が拒否しているようです。家族も記事になることの影響を気にしています。もう一度考えてもらえないかお願いしましたが、厳しい情勢です」

 取材班の記者から届いた膨大な取材メモを読み返してみると、取材がなかなか進まなかったことを思い起こす。そして、介護を巡る悲劇を背負った家族の疲弊と葛藤に胸が痛む。

 この取材メモの「母親」は先天性の重い障害を抱えた娘を数十年間、介護した末に命を奪った。殺人罪で執行猶予付きの有罪判決を受けた後、長男家族のもとで暮らしていた。

 裁判所は、介護疲れや将来への悲観によって、母親が事件当時、うつ病を患っていたと判断した。それにしても、深い愛情で結ばれた母娘にいったい何があったのか。どの家族にも起こりうる苦悩や課題を抱えていたのではないか。

 母親本人から、あるいは、母娘の人生をもっともよく知っている家族から話を聞きたい。記者が長男のもとに幾度となく通い、ようやく家族みんなで、取材を受けるかどうか話し合ってもらうことになった。しかし、長男から聞かされたその結論は私たち取材班にとっては厳しいものだった。

 警察庁の統計では、介護・看病疲れが原因とみられる殺人事件(未遂を含む)は年平均で46件発生している。少なくとも8日に1件のペースで介護を巡る悲劇が起きている計算になる。

 生きるための手助けである介護を続けた結果、それも大切な家族のためなのに、その命に手をかけてしまう。こんな信じられない事件が当たり前のように各地で起きているのだ。

 介護殺人をテーマに、毎日新聞大阪本社社会部に「介護家族」取材班を立ち上げたのは2015年春だった。事件の当事者である加害者や家族に証言してもらい、悲痛な事件が後を絶たない理由を浮き彫りにできないかと考えたのが発端だ。

 取材は難航した。やはり、簡単には取材を受けてもらえなかった。それも当然のことだ。できることなら記憶の彼方へ追いやってしまいたい。加害者ら当事者家族ならそう願っているに違いない。

 それでも、何人かが貴重な告白をしてくれた。心の隅々まで悲しみが張り付いているであろう彼らの言葉はずしりと重く、私たちも心を揺さぶられた。

 彼らの証言などをもとに、2015年12月に毎日新聞(大阪本社発行版)でシリーズ企画「介護家族」を始めた。最初の連載は「殺人事件の『告白』」だった。

 その後、苦悩を抱えている現役の介護者らの物語などを連載で取り上げた。全国の介護殺人の分析や介護者アンケートもして、在宅介護を巡る実態を多面的に伝えようと努めた。全国に知られた京都・伏見の介護殺人を巡るスクープも大きな反響を呼んだ。

 少子高齢化によって、在宅介護の時代は既に到来している。間もなく、家族の介護と無縁でいられる人はいなくなるのではないかとさえ思う。

 いつの間にか追いつめられ、悲劇の扉を開けてしまった介護殺人の加害者やその家族の姿は、もしかしたら、未来の私たちかもしれない。彼らの言葉に耳を傾けると、それが大げさな表現ではないことがわかるはずだ。

 冒頭に紹介した家族の長男は突然の取材の申し入れにもかかわらず、真剣に、そして丁寧に応じてくださった。取材を断ったうえで、こう付け加えていた。

「残念ながら、自分たち家族の話はできませんが、取材されている事の社会的意義はすごくよく分かります。ぜひ、記事にしてほしいと願っています」

 告白してくれた家族らも同じ気持ちを抱いていた。こんな悲劇は自分たちだけで十分だ――と。

 日本ではこれまで、在宅で家族を介護している人をどう支えるかについて、あまり活発な議論がされてこなかった。しかし、もはや待ったなしの状況ではないかと思う。

 突然に命を落とさない限り、ほとんどの人はいずれ誰かの介護を受けて生きることになる。介護経験がある人も、今は縁がない人も、介護を巡る悲劇を直視し、現在、そして未来の介護者に思いをはせてほしい。

新潮社 波
2016年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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