『アガサ・クリスティ-の大英帝国』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
アガサ・クリスティーの大英帝国 東秀紀 著
[レビュアー] 権田萬治(文芸評論家)
◆観光・田園を切り口に
本書は、観光と都市の歴史研究の専門家で大のミステリー・ファンでもある著者が、世界的な人気作家アガサ・クリスティーの生涯と大英帝国の盛衰をたどりながら、名作の魅力の源泉を<観光>と<田園・都市>というユニークな切り口で浮き彫りにした見事な評論である。
ポーの世界初のミステリー「モルグ街の殺人」が発表された一八四一年は英国のトマス・クックが鉄道による団体ツアーを組んだ観光元年でもあったという。
だが、ポーはパリを舞台に名探偵デュパンを活躍させたが、観光には関心がなく、コナン・ドイルも名探偵ホームズを旅に出してはいるが、もっぱら仕事のためで観光ではないと著者は指摘する。
その点、『そして誰もいなくなった』をはじめとするクリスティーの名作は、観光ミステリーと都市近郊の田園を舞台にした作品が多いのが特徴で、それが独特の魅力にもなっていることを、具体的に長篇六十六作をもとに分類し、鮮やかに分析してみせる。
謎と恐怖を主題とするミステリーの評論研究はともすると、トリックとか意表を突くプロットの分析に偏りがちになるが、著者はそういう点は十分に理解した上で、クリスティーの魅力の全体像を、乱歩のいう<謎以上のもの>の分析を通して教えてくれるのだ。ミステリーへの愛が行間ににじみ出ている好著である。
(筑摩選書・1728円)
<あずま・ひでき> 1951年生まれ。作家・観光史家。著書『ヒトラーの建築家』。
◆もう1冊
K・ハーカップ著『アガサ・クリスティーと14の毒薬』(長野きよみ訳・岩波書店)。作品で使った毒薬をめぐる話。