『みさと町立図書館分館』
書籍情報:openBD
[本の森 仕事・人生]『踊る星座』青山七恵/『みさと町立図書館分館』高森美由紀
[レビュアー] 吉田大助(ライター)
ウルトラチャーミングな装丁で読者を出迎える青山七恵の『踊る星座』(中央公論新社)は、「ダンス用品会社のセールスレディ」という主人公の設定だけ取り出してみると、純然たるお仕事小説だ。オビにも「勤労の喜びとうっぷんがあふれだす」と銘打たれているし。でも、実際に本をめくってみるとなんだか様子が違う。これは、コントだ!
全一三編が収録されている。ちゃぼを追いかけた少女時代の(今の仕事とは一切無関係の)思い出話で始まり、会社の場面が(ようやく)出てくるのは、第四編「恋愛虫」から。従業員たちが昼食休憩に入る直前、部長が突如演説を始めるところから物語はスタート。一息ついたところで、主人公の雑念がふっと現れる。「部長の長話があった日には絶対虫が出る」。……何それ!? 「絶対」の真偽はさておいて、部長の長話はかつてオフィスへやって来てみんなと仲良くなった、アメリカ人美少女レイチェルの再訪問の報告へと着地する。みんな大騒ぎだ。ところが彼女はなかなかやって来ず、その代わりに、探偵がオフィスを訪れる。なぜ? 何が起きている? やがてオフィスを揺るがす事件が起こる。こんなにも無茶な伏線の回収、見たことない。
全編が終始この調子で、たとえお仕事小説のムードで始まったとしても、たった一行で、「空気が変わる」どころか「時空が歪む」。その歪みが、笑いを招くのだ。しかも、その歪みに言葉を与えようとする挑戦が、ラストの一篇「いつまでもだよ」で試みられている。「面白い」って、その中身を緻密に成分分析していくと、「恐ろしい」。今後しばらく本作は、青山七恵の裏ベストとして語り継がれることだろう。
出版界で注目度を高めつつある新人賞「暮らしの小説大賞」出身、高森美由紀の長編『みさと町立図書館分館』(産業編集センター)は、このタイトルなのだから絶対、お仕事小説であるはずだ。と、思いきや。
山に囲まれ田園風景が広がる過疎の町で、三三歳の山本遥は父と二人暮らしをしている。町の図書館の分館で契約職員として働いているが、お客さんはごくごく少ない。そうした舞台設定も作用して、就業時間中の業務風景もきちんと丁寧に描かれてはいるものの、自分を含めてわずか三名しかいない職員の会話がフィーチャーされている。それ以上にフィーチャーされているのが、実家での主人公と老齢の父との会話であり、父と共に暮らす日常だ。「義務を背負うことはねぇぞ」。自分の将来を思って父がかけてくれた言葉を、娘はやんわり否定する。そんなある日、彼女はふとした日常の中で音楽の響きを聞き取る。「ころんで ないて はらへって このよはそれほどわるくない」。これは、「生き方」についての物語なのだ。