【ニューエンタメ書評】松嶋智左『虚の聖域 梓凪子の調査報告書』近藤史恵『わたしの本の空白は』ほか

レビュー

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  • 虚の聖域 梓凪子の調査報告書
  • 魔力の胎動
  • 福家警部補の考察
  • わたしの本の空白は
  • 二人の推理は夢見がち

書籍情報:版元ドットコム

ニューエンタメ書評

[レビュアー] 大矢博子(書評家)

 雨が降ると思い出す本があるという大矢さん。
 読書がはかどる梅雨におすすめの新刊6作品をご紹介します。

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 じめじめと鬱陶しい季節が、今年もやってきた。

 雨が降ると思い出すのは一九七二年に出た植草甚一の名エッセイ集『雨降りだからミステリーでも勉強しよう』だ。まだ邦訳されていなかった作品も含めて海外ミステリが数多く取り上げられ、ミステリファンの入り口あたりをうろうろしていた無垢な少女(私のことですよ)を大いに刺戟してくれた。二〇一五年にちくま文庫に収録されたので、ぜひご一読を。

 ということで、雨降りだからミステリーでも紹介しよう。

 まずは今月の大収穫の一冊から。松嶋智左『虚の聖域 梓凪子の調査報告書』(講談社)がいい! ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞作である。男子中学生が百貨店の屋上から落ちて死亡。いじめを疑った母親は興信所に勤める妹に、息子の死の真相を調べるよう頼んだ。その妹というのが、本書の主人公である梓凪子だ。

 凪子はまず第一発見者や甥の学校関係者、そして友人をあたる。と同時に調べ始めたのが甥の出生だ。実は凪子の姉はシングルマザーで、甥の父親が誰かは弟妹にも秘密にしていたのだ。それぞれの調査で得た手がかりが思いがけない形で結びつき……。

 本書を読んで、嬉しくてたまらなくなった。サラ・パレツキーやスー・グラフトンに代表される八〇~九〇年代にブームとなった翻訳ものの女性私立探偵小説を彷彿させる、女性ハードボイルド小説だったからだ。もちろん日本にも女性探偵ものは多いが、翻訳ミステリのようにクール&ドライな味わいを持っているものといえば若竹七海の葉村晶シリーズくらいしかない。そこに新星が登場したのだから喜ぶまいことか。

 私立探偵小説としての常道にのっとりながら、細やかに伏線を仕込む手腕はなかなかのもの。立ち回りあり、駆け引きありと見せ場も多い。終盤の畳み掛けるような展開には思わず息を飲んだ。見事なデビュー作だ。

 ただ、厳密に言えば、クール&ドライとは少し違う。身内の事件であるということに加え、姉妹の関係がけっこう複雑なために、ハードボイルドというには少々激しい感情の乱高下が目につく。さらに凪子の前職で起きた事件というのもかなりシビアなもので、ともすればメインの調査以上に凪子のヘビーな背景の方が目立ってしまう。新人賞応募作ということですべて盛り込んだのだろうが、今後、シリーズ化されるなら、主人公の問題と手がける事件のバランスにも変化があることだろう。

 この手の主人公の背景は、その変化も含めて、長いシリーズの中で少しずつ描くというやり方の方が合っている。興信所の所員や前職での知り合いなど味のある人物も多いし、これはぜひとも、シリーズ化を希望したい。

 新人のデビュー作の次はベテランを。東野圭吾『魔力の胎動』(KADOKAWA)は先月映画が公開され話題を呼んだ『ラプラスの魔女』(角川文庫)の前日譚だ。

 鍼灸師・工藤ナユタを語り手に、スランプに悩むスポーツ選手や音楽家などの問題を、羽原円華という若い女性が解決していく短編集だ。最終話には『ラプラスの魔女』の主要人物、青江も登場する。

 本書のポイントは、謎解きや問題解決に流体力学の知識が使われるということ。そういう点で、本書は著者の「ガリレオ」シリーズに趣が似ている。だが、そう思って読んでいくと思わぬところで足払いをかけられるだろう。最初から当たり前のように目の前にあったものに、実は大きな意味があった──というミステリの醍醐味が味わえる。同時に、このあとの『ラプラスの魔女』へつながるネタも仕込まれており、このあたり、さすがの手練れの技だ。

 なお、『ラプラスの魔女』をご存知の方には羽原円華の正体は自明だが、もちろん未読でも本書を楽しむのに不都合はない。が、ぜひ併せての読書をお勧めする。

 続いては人気シリーズの最新刊を。大倉崇裕『福家警部補の考察』(東京創元社)は、刑事コロンボの手法を踏襲した倒叙ミステリのシリーズ第五弾だ。

 収録作は四作。どれも犯人が殺人を計画し、実行する現場から描かれる。そのあとで捜査一課の警部補である福家が登場し、犯人と対決する──というパターンが続く。お馴染みの構図だ。犯人の目で語られるため「どこで見抜かれた?」「何か失敗した?」というスリルと謎を読者に与えてくれるのがこの手法の醍醐味だが、同時に、毎回目先の変わった舞台と犯罪が楽しめるという効果もある。

 今回は、皮膚科の医師、自営業者の妻、バーテンダー、証券マンの四人が犯人。それぞれの職業や環境ならではの動機、犯罪方法、隠蔽工作が読みどころだ。特に第四話は福家と犯人の対決が新幹線の中だけで進む異色作。脱出もできず証拠品も捨てられない動く密室の使い方が見事だ。

 謎解きそのものの面白さに加え、ドラマとしても読み応えがあるのが本シリーズの特徴だろう。第一話の最後に明かされた真実。第二話の犯人の恐ろしさ。第三話で解決されるもうひとつの事件。そして第四話の犯人の決意。犯人を捕まえて終わりではなく、人間らしい足掻きや悲しみがそこにある。感情の動きをまったく見せない福家との対比で、犯人たちのドラマがよりいっそうくっきりと浮かび上がるのが、このシリーズなのだ。

 福家シリーズが手がかりをすべて読者に提示したフェアプレイの倒叙ものなら、逆にゼロから始めて少しずつ手がかりが増えていくのが近藤史恵『わたしの本の空白は』(角川春樹事務所)である。だが手がかりが増えるからといって解決に近づくわけではないというのがミソ。

 物語は主人公が目を覚ます場面から始まる。どうやら病室のようだ。この時点で主人公は自分が誰で、ここがどこなのかもわからない。医師の話によれば階段から落ちて頭を打ったというのだが……。

 三笠南、という名前はわかったものの、夫に会っても何も思い出せない。だが、家に帰って自室に入ると、何か違和感がある。あるはずのものが、ないような……。カエルの人形がなくなっている、というほのかな感覚をもとに夫と、同居している義姉に尋ねてみたところ、あきらかに二人の様子がおかしい。いったい何が隠されているのか?

 物語はこのあと南の妹による情報と、誰なのかわからない女性視点のパートが入る。当人に記憶がないのだから、何を聞かされてもそれが真実かどうかはわからない。真実のような気がする、とか、違和感がある、とか、果ては「夢に出てきた」といったような感覚でしか判断できないわけで、読者も何を信じればいいのかわからない。

 こうだ、と聞かされていたものが、別の人物から否定されることもある。知っているはずだ、と思っていた人が、知らないと首を振ることもある。立っている足元がふわふわしているかのような酩酊感と不安感。怪しいことはいくつもあるのにうまくつながらない焦燥感。ページを繰るごとにサスペンスはどんどん増す。けれどその中にも周到に伏線をしのばせているのだから、まったく油断できないのだ。

 見えていた絵にまったく違う意味があった、という驚きがミステリの醍醐味だとするなら、本書にあるのは何もないところから少しずつ絵ができていく過程への驚きだ。用意された絵の具はあるが、それがどう使われるのかわからない。けれどすべての絵の具が使われたとき、そこには思いがけない絵が浮かび上がるのである。

 記憶に関するミステリをもう一冊。青柳碧人『二人の推理は夢見がち』(光文社)には、物の記憶を読むことができる男性が登場する。残留思念を読むサイコメトラーとはちょっと違って、その「物」が見た景色や記憶を読むのだ。

 主人公は地方から出てきて東京で働く篠垣早紀。恋人に別れを切り出された日、飲んだくれていたバーで星川司という奇妙なイケメンに出会う。早紀のスマホを借りた司は、使うでもなく、それを持ったまま三十分ほど眠った。そして起きた時、早紀が今日振られたことも、この店に来るまでどこで飲んでそこで何があったかも、すべて正確に話してみせたのだった。スマホの記憶を読んだというのだ。

 翌日、早紀のもとに祖父の訃報が入った。急遽帰省した早紀は、通夜の席に男が乱入し祖父は殺されたのだと騒ぐのを目の当たりにする。次の日その男が死体で発見され、不安に思った早紀は、祖父のジャンパーを持って司に会いに行く……。

 特殊能力を謎解きに使ったミステリは多いが、本書の特徴は決してそれだけに頼るものではない、という点にある。部分的な手がかりは得られるものの、それは行動の指針にしかならない。なにしろ、たとえば靴の記憶は靴が見た範囲、つまり地面すれすれだけだったりするのだから。あくまで物語は早紀と、彼女が育った地方都市の人々の間で進んでいく。そしてその地方都市の描写こそ、本書の主眼と言っていい。

 早紀は、東京で働いているものの、何かを成し遂げたという実感はない。職場でどうしても必要とされているわけでもない。恋人とも別れ、とても不安定な状態にある。けれど地元に帰ると、地元に残った同級生たちは、地方に暮らす閉塞感を抱えている。狭いコミュニティの中で起きた事件が、その閉塞感を抉り出す。かなりシビアなミステリである。

 最後に宮西真冬『首の鎖』(講談社)を。祖母と母の介護に疲れた女性と、妻のDVに疲れた男性の出会いから、とある犯罪に至る様子を描いたサスペンスだ。逃げ場もない、救いもない。彼らに感情移入して読むと息ができなくなるくらい苦しい。

 この物語は他人事ではない。そして彼らを救う鍵は私たちひとりひとりの中にあるのだと、本書は厳しく突きつけてくる。胸に刺さる一冊だ。

角川春樹事務所 ランティエ
2018年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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