なぜウラジオストクは日本人にとって鬼門なのか?

対談・鼎談

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【筆者対談】北岡伸一×池内恵/「大国の周縁」から見た地政学

[文] 新潮社


ウラジオストク駅(Marc Heiden/Wikimedia Commons)

「近代史の研究者として、ウラジオの駅舎を見た時は、やはり感慨深いものがあった」――この度、『世界地図を読み直す:協力と均衡の地政学』(新潮選書)を刊行した北岡伸一・国際協力機構(JICA)理事長と、中東・イスラーム研究者の池内恵・東京大学教授が、地政学的な視点から日本を取り巻く国際情勢について対談しました。

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池内 北岡先生の本で面白いと思ったのは、中国やロシアなど大陸国(ランドパワー)の周縁を丹念に回り、現地の視点から地政学を捉え直している点です。 第一章に出てくる極東ロシアのウラジオストクには、じつは私も同行しました。

北岡 そうそう、ウラジオで池内さんが迷子になって……(笑)。

池内 私がトイレに行っている間に、みんながさっさと車に乗って会議場に出発してしまった(笑)。でも、会議の相手のロシア科学アカデミーが若いロシア人の研究者を迎えに来させて、オンボロの自家用車で来てくれて、おかげで車内で率直な意見交換ができました。このような予想外のハプニングから、意外な情報やアイディアが得られたりするので、実際に自分の足で世界を回ることは、研究者にとって大切なことだと思います。


北岡伸一氏

北岡 近代史の研究者として、ウラジオの駅舎を見た時は、やはり感慨深いものがありましたね。いろいろなことを思い出しました。たとえば幕末の頃は、ロシアより英米を脅威と感じる日本人も多かった。それが明治になってシベリア鉄道がウラジオまで来ることが分かると、一気にロシアに対する警戒感が高まった。たしかにウラジオから函館までは意外に近いんです。緯度もほとんど変わらないけど、ウラジオの港は冬は凍結して使えない。だからロシアにとって函館の開港は非常に重要でした。彼らからすれば函館は「冬場の港」だったわけです。

池内 ウラジオ駅からモスクワ行きの電車が出発するのを見学していたら、恋人を見送りに来ていた若い女性が泣いていました。モスクワまでは九千キロ以上あり、鉄道で一週間ぐらいかかる。広大な国土が持つ圧力を感じました。

北岡 「距離の暴虐」ですね。元来はオーストラリアについて使った言葉ですが、ロシアにも当てはまる。国際政治学者のモーゲンソーが言うように、広大な国土はそれだけで国力の一要素です。
 地政学は基本的にドイツやロシアなど大陸国を中心に発展した学問で、特に軍事力を中心に語られることが多い。しかし日本のような海洋国家から見ると、考え方が少し異なる面もあります。今回の本では、軍事力や経済力だけではなく、あえて民族・宗教・伝統といった要素に注目してみました。大国の周辺に位置する小さな国がどうやってアイデンティティーを失わず生き残っているのか――そのような問題意識を持って各国を歩いてみたつもりです。

 ※【筆者対談】北岡伸一×池内恵/「大国の周縁」から見た地政学「波」2019年6月号より

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北岡伸一(きたおか・しんいち)
1948年、奈良県生まれ。東京大学名誉教授。2015年より国際協力機構(JICA)理事長。東京大学法学部卒業、同大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。立教大学教授、東京大学教授、国連大使(国連代表部次席代表)、国際大学学長等を歴任。2011年、紫綬褒章受章。著書に『清沢洌』(サントリー学芸賞受賞)、『日米関係のリアリズム』(読売論壇賞受賞)、『自民党』(吉野作造賞受賞)、『国連の政治力学』、『外交的思考』など。

池内恵(いけうち・さとし)
1973年、東京都生まれ。東京大学先端科学技術研究センター教授。東京大学文学部イスラム学科卒業。同大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。著書に『現代アラブの社会思想』(大佛次郎論壇賞)、『書物の運命』(毎日書評賞)、『イスラーム世界の論じ方』(サントリー学芸賞)、『イスラーム国の衝撃』(毎日出版文化賞特別賞)、『中東 危機の震源を読む』、『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』『シーア派とスンニ派シーア派とスンニ派』などがある。

新潮社 波
2019年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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