2頭の「猛獣」と格闘してきた希代のプロデューサーの壮大な打ち明け話

レビュー

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日本アニメ史を作った巨匠たちとの格闘秘話

[レビュアー] 碓井広義(メディア文化評論家)

 鈴木敏夫『天才の思考 高畑勲と宮崎駿』は、二頭の猛獣と格闘してきた希代のプロデューサーによる、壮大な打ち明け話だ。1984年の『風の谷のナウシカ』(宮崎駿監督)に始まるアニメ作品の1本1本について、企画の誕生から監督たちの発想法、制作現場の裏側、ビジネス面の内幕までを率直に語っている。

 宮崎駿がスタッフに求めるのは「自分の分身」であること。制作の終盤まで絵コンテを描き続け、ラストシーンが不明のまま映画を作っていくことなどが明かされる。それでいて、たとえば『千と千尋の神隠し』を、幅広い娯楽性と奥行きのある哲学性の両面を持つ作品に昇華させてしまう。しかも完成間近になって、この映画が「千尋とハクの話」ではなく、「千尋とカオナシの話」だと気づく宮崎。作品作りの面白さが伝わるエピソードだ。

 一方の高畑勲。自分が求める作品の質のためなら、制作スケジュールが倍に延びても動じない、そのスケールの大きさに驚かされる。個人史が日本のアニメ史と重なるような巨人であり、並みのプロデューサーでは太刀打ちできない。鈴木は逃げることなく徹底的に高畑と向き合い、その才能を晩年まで支え続けた。

 宮崎駿の『風立ちぬ』に、こんなセリフが出てくる。「創造的人生の持ち時間は10年だ。(中略)君の10年を力を尽して生きなさい」。鈴木の「創造的人生」は、10年どころか、『ナウシカ』から35年が過ぎた現在も続いている。

新潮社 週刊新潮
2019年6月13日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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