【ニューエンタメ書評】川越宗一『熱源』門井慶喜『定価のない本』 ほか

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エンタメ書評

[レビュアー] 末國善己(文芸評論家)

朝晩はだいぶ涼しく感じられるようになりました。読書の秋にぴったり! 読み応えたっぷりの10作品をご紹介します。

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 過ごしやすい秋は、読書に最適の季節とされてきた。そこで今回は、秋の夜長にじっくり読みたい作品を取り上げてみた。

 昨年、『天地に燦たり』で松本清張賞を受賞してデビューした川越宗一の第二作『熱源』(文藝春秋)は、琉球、朝鮮など東シナ海の周辺を舞台にした前作とは一転、アイヌの口承文学を、言語学者の金田一京助、ポーランド人の民族学者ブロニスワフ・ピウスツキらに語り、白瀬矗の南極探検隊にも参加したヤヨマネクフ(山辺安之助)を軸に、樺太、ロシアなど極寒の地で繰り広げられる熱いドラマを描いている。

 十九世紀後半。開拓使に故郷を追われたヤヨマネクフと、ロシアに奪われた祖国ポーランドを解放するため皇帝暗殺計画に加わったとして流刑となったピウスツキは、樺太で出会う。弱肉強食の帝国主義、優勝劣敗の社会ダーウィニズムを押し進める欧米列強により、ヤヨマネクフはアイヌの伝統を奪われ日本人になることを求められ、ピウスツキもロシアの同化政策でポーランド語の使用を禁じられていた。逆境にあった二人が、歴史のうねりに翻弄されながらも、自分たちのアイデンティティを模索していく展開には深い感動があるし、自国の価値観を絶対と信じ、異なる文化や宗教を持つ人たちを見下すことの愚かさを実感させてくれる。

 羊飼い兼作家という異色の肩書きの河崎秋子は、狩猟を題材にした『肉弾』で大藪春彦賞を受賞した。受賞後第一作の『土に贖う』(集英社)は、近現代の北海道で興った様々な産業に着目した連作集である。生糸で成功した一家が相場の下落で窮地に立たされる「蛹の家」、ハッカ草の生産農家が安価な外国産や合成品に押されていく「翠に蔓延る」を読むと、国の農業政策や相場に翻弄される農家の苦労がいつの時代も変わらないことがよく分かる。ミンクを育て毛皮業者に売っている少年を主人公にした「頸、冷える」は、動物の死の上に成り立っている現代の快適な生活をどのようにとらえるのかを問うていた。本書の収録作は、一度は隆盛を迎えたが、時代の変化によって衰退した農業や小規模な工業を描いているが、同じことは世界を席巻した日本の家電や電子機器が、新興国に追い上げられている現代でも起こっている。表題作「土に贖う」と後日談「温む骨」は、このまま絶望的な競争を続けるのか、従来の豊かさを手放し別の価値観を見つけるのかの選択を突きつけており、考えさせられる。

 門井慶喜『定価のない本』(東京創元社)は、明治以前に出版、書写された古典籍を題材にした古書ミステリである。

 太平洋戦争の敗戦の一年後、東京の神保町で店を持たず目録で古典籍を販売している庄治は、弟分の芳松が死んだとの知らせを受ける。現場に駆けつけた庄治は、倉庫の本に押し潰された芳松を目にする。どうも芳松は、望月不欠なる謎の人物から大量の注文を受けていたらしい。倉庫を調べていた庄治は、何者かに襲われたところをGHQに救われ、そのGHQの命令で芳松殺しを調べることになる。

 数年前から教育現場では、ほかに学ぶべきことが多く、将来的に古典の教養は役に立たないとして古文や漢文は不要ではないかとの議論がなされてきた。古典籍が重要な役割を果たし、謎が解かれるにつれ、なぜ古典籍が長く受け継がれてきたのか、古典がどのような役割を果たしてきたのかが浮かび上がる本書は、安易な古典不要論へのカウンターに思えた。

 谷津矢車は『洛中洛外画狂伝 狩野永徳』『おもちゃ絵芳藤』など絵師を主人公にした作品を発表してきたが、夭折した瀧廉太郎の生涯を追った『廉太郎ノオト』(中央公論新社)は、音楽を題材にすることで新機軸を打ち立てている。

 結核で死んだ姉が琴が好きだったことから音楽に興味を持った廉太郎は、全国から俊英が集まる東京音楽学校(現在の東京藝術大学)に進み、そこでピアノと作曲の才能を伸ばしていく。音楽の天才で、順調にエリートコースを歩んだ廉太郎は、偉人伝の主人公にはなっても、読者の共感を呼ぶ人物にするのは難しい。ところが著者は、実学が求められた明治時代に、正反対の音楽の道に進む決意をしたことで生まれる葛藤や、友人で良きライバルでもあるツンデレお嬢様キャラの天才バイオリニスト幸田幸(幸田露伴の妹。姉の延は東京音楽学校での廉太郎の師)らとの交流で成長していく姿を通して、等身大の廉太郎を描いて見せたのである。

 音楽の世界は才能だけでは大成できず、たゆまぬ鍛練が必要となる。この現実を熟知しているがゆえに、常に自分を変え新たなことに挑戦する廉太郎は、身近な存在に感じられるはずだ。

 木下昌輝『戦国十二刻 始まりのとき』(光文社)は、武将たちの最期に着目した『戦国24時 さいごの刻』(文庫化の際に『戦国十二刻 終わりのとき』に改題)の姉妹編で、合戦が始まる前の二十四時間のドラマを描く連作集である。

 応仁の乱で、相国寺が焼けたことがすべての発端となる。この光景を見た七人の男たちとその子孫は、斎藤道三が父子二代で成し遂げた土岐家の滅亡、大内家を下克上で滅ぼした陶晴賢と、大内家に仕える国衆から成り上がった毛利元就が激突した厳島合戦など、歴史を動かした戦闘に深くかかわっていく。本書では合戦が生んだ怨念が歴史を動かすとの視点が貫かれており、それが恐ろしい現実を生み出すからこそ、憎しみの連鎖を断ち切るには何が必要かを考えずにはいられない。

 相沢沙呼『medium 霊媒探偵城塚翡翠』(講談社)は、ロジックの質と量で読者を圧倒する本格ミステリの醍醐味を凝縮したかのような作品で、今年のミステリ・ベスト10では、確実に上位にランクインする完成度となっている。

 ミステリ作家の香月は、心霊現象に悩む大学の後輩の倉持結花の付き添いとして、美人霊媒師・城塚翡翠を訪ねる。だが翡翠から助言を受けたにもかかわらず、結花は自宅のマンションで殺されてしまう。この事件を切っ掛けに翡翠と親しくなった香月は、怪奇現象が起こるという山荘の一室で先輩作家が殺された事件や、同じ学校の女子高生が連続して絞殺される事件などを共に解決することになる。翡翠は死者の霊を呼び出す能力があるというが、殺された人の霊は恐怖を口にするだけで十分な手掛かりを得られるとは限らないし、明確に犯人が見えた場合も警察が逮捕するにたる証拠がないなど限界があった。しかしこれらの欠点を香月の推理が補っていく。本書は特殊設定もので、霊視の時にはミステリアスな女性を装うが、普段は世間知らずのドジっ娘という翡翠の魅力も読みどころの今どきのミステリのように思える。だが著者は、読者がこのように読むことを踏まえて大仕掛けを用意しているので、驚愕のラストは実際に読んで確認して欲しい。

 多重解決ものの『ミステリー・アリーナ』で本格ミステリ大賞小説部門の候補作家となった深水黎一郎が、再び多重解決の極限に挑んだのが『犯人選挙』(講談社)である。

 八人の男女が暮らす四階建ての大泰荘で、マッチョの男が殺された。大泰荘の玄関にはチェーンがかけられ、男の部屋も密室状態にあった。犯人は、残りの七人の中にいるのか?

 事件解決に必要な手掛かりをすべて提示した後、読者に犯人、犯行方法、動機などを推理してもらう「読者への挑戦」は古くから行われてきた。本書も一種の「読者への挑戦」だが、読者は自分で考えるのではなく、著者が提示した七つの推理の中から、どれが好みかを選ぶシステムになっている。本書はネットや電子書籍で問題篇を無料公開し、七つの選択肢の中から犯人を決める企画がベースになっている。これは、ミステリへの読者参加の新たな試みとしても評価できる。本書の中には、投票に参加した読者のコメントの一部が引用されているが、それらもミステリ論として興味深かった。

 早川書房が、時代ミステリの新レーベルを立ち上げたので、第一弾として刊行された三冊をまとめて紹介したい。

 脚本家・稲葉一広の初の小説『戯作屋伴内捕物ばなし』(ハヤカワ時代ミステリ文庫)は、卓越した推理能力を持つ戯作者の伴内が、怪談めいた事件を論理的に解明する正統派の捕物帳である。横溝正史原作、要潤主演の時代劇『人形佐七捕物帳』の脚本を担当した著者らしく、女が喉を切られて殺されたが、ぬかるんだ現場に足跡がなかった「鎌鼬の涙」、空飛ぶ幽霊が目撃された直後、毒殺され、さらに体を殴打された琴の女師匠の死体が見つかる「猫又の邪眼」など六つの事件には、映像化したらインパクトがある派手なトリックが使われている。物語の随所に、横溝作品を始め名作ミステリへのオマージュがあるので、それらを探しながら読むのも一興である。

 誉田龍一『よろず屋お市 深川事件帖』(同上)は、女性探偵を主人公にしたハードボイルドである。幼い頃に両親と死別したお市は、岡っ引きの万七に育てられた。仕事でミスをした万七は岡っ引きを辞めトラブルを解決するよろず屋を開くが、お市が十九の時、万七が水死体で発見されお市はよろず屋を継ぐ。お市は、行方不明の娘の捜索、不義密通をしている妻が商売敵に渡した掛軸の奪還などの事件に挑む。単純な依頼が巨悪に繋がったり、現代と共通する社会問題が表面化したり、力で調査を妨害する相手に得意の武術で立ち向かったりするお市の活躍は、サラ・パレツキーやスー・グラフトンが好きなら絶対に満足できる。

 稲葉博一『影がゆく』(同上)は、忍者が入り乱れて戦う陰謀と活劇を描く冒険小説となっている。織田信長に包囲された浅井家の居城から、精鋭の武士と伊賀甲賀の忍者に守られた浅井政元の娘・月姫が密かに脱出した。月姫たちは険しい山谷を越えて越後の上杉家を目指すが、それを凄腕だが冷酷な羽柴秀吉麾下の忍者・黒夜叉が追い、さらに月姫一行の周囲では敵か味方か判然としない忍者が暗躍を始める。本書は、人間の能力を超えた秘術を使うのではなく、既存の武器を意外な方法で使ったり、武士の常識にはない戦術を駆使したりする忍者の戦闘を活写しており、その迫力とリアリティには引き込まれてしまうだろう。

角川春樹事務所 ランティエ
2019年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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