少年の深層心理を反映した不気味な世界観 浮かび上がる彼の苦悩

レビュー

8
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  • 失われたものたちの本
  • 夜は終わらない(上)
  • アラビアの夜の種族 I

書籍情報:openBD

少年の深層心理を反映した不気味な世界観 浮かび上がる彼の苦悩

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 人を慰め励ましてくれるのは、心温まる優しい物語とは限らない。ジョン・コナリー『失われたものたちの本』(田内志文訳)は、少年がダークなファンタジー世界に入り込み成長していく物語だ。

 第二次世界大戦下の英国。主人公は母親を亡くした悲しみが癒えずにいるうえに、父親の再婚で孤独感を深める12歳のデイヴィッド。本の囁きが聞えるようになった彼はある夜中、導かれるまま異世界へ足を踏み入れる。そこでは「赤ずきん」や「白雪姫」といったおなじみの童話が残酷で皮肉な内容に改変され、神話の怪物たちがうごめいていた。彼は日常へ戻るために、『失われたものたちの本』を探す旅に出ることに。

 不気味な世界観は少年の深層心理が反映されているから。だからこそ、彼の苦悩が現実味を帯び、切実に浮かび上がってくる。

“物語を通して自分と向き合う物語”の変化球として思い浮かぶのは星野智幸の読売文学賞小説賞受賞作『夜は終わらない』(講談社文庫、上下巻)。男たちを誘惑し財産を巻き上げては殺すシリアルキラーの玲緒奈は、殺す直前必ず相手に「私が夢中になれるお話をしてよ」とせがむ。男たちは必死で語るが、いつもあえなく殺されてしまう。だが、久遠という男だけは違った。彼が語るのは日々役割を入れ替え芝居することを強いられる男女や、“星”を作る工場で働く男たちの様子など、奇妙な話ばかり。それが時に入れ子となり複雑に絡まり合っていく。「千夜一夜物語」になぞらえた設定だが、著者らしく現代社会を投影している部分も。耳を傾ける玲緒奈の心にやがて生じる変化とは。

「千夜一夜物語」から連想するのは古川日出男の傑作『アラビアの夜の種族』(角川文庫、全3巻)だ。ナポレオン率いるフランス軍の侵攻が迫るエジプトで、敵に『災厄の書』を贈る計画が持ち上がる。それは読み始めると物語に没頭して身を滅ぼす奇書だった。この『災厄の書』の内容として語られるのが実に多種多様な物語で、実際、ページを開けば時間を忘れて没入してしまう。名作だ。

新潮社 週刊新潮
2021年4月15日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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