『播磨国妖綺譚』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
[本の森 歴史・時代]『播磨国妖綺譚』上田早夕里
[レビュアー] 田口幹人(書店人)
人気SF作家である上田早夕里氏は、近年『破滅の王』や『ヘーゼルの密書』など近代史を扱った小説を発表している。圧倒的な独自の世界観のSFというジャンルで、全く違う側面を見せてくれている上田氏。最新刊が陰陽師を題材とした歴史小説と聞いて、発売を心待ちにしていた。しかも、あの蘆屋道満の血を引く兄弟の物語というだけで、ワクワクが止まらない。
陰陽師といえば、数多くの演劇、映画、マンガ、小説などの題材として人気の人物で、平安を代表する天文博士でありながら優れた陰陽師でもあった安倍晴明を思い出される方が多いかもしれない。蘆屋道満は、正義の晴明・悪の道満として、晴明最大のライバルの陰陽師として取り上げられることが多いが、彼の生涯は謎に包まれている。
『播磨国妖綺譚』(文藝春秋)は、そんな道満の出身地といわれている播磨国を舞台とした作品である。播磨国、構にある燈泉寺近くの薬草園。その敷地内にある草庵に暮らす兄弟、薬師の兄・律秀と僧侶の弟・呂秀が主人公である。
陰陽師のいる廣峯神社で知識を修得した後に、山を下り薬草園で働く薬師になった、物事の理にこだわる律秀と、物の怪の姿が見え、声を聞くことができるがゆえ、仏門に入った呂秀は、薬師・僧侶であると同時に法師陰陽師でもあるのだ。
廣峯神社で陰陽師に学んだ方法で祈祷を行う律秀と、信仰心を持ち、邪悪なものを退けるための祈祷の手順を学んだ呂秀は、依頼者の都合に合わせてそれぞれの役目をこなし、この地に住む者たちの心の支えとして存在していた。
ある日、呂秀の元に蘆屋道満の式神だったという鬼が現れ、道満の血縁である呂秀に仕えたいと申し出た。鬼は三百年以上も新たな主を求めていた。呂秀はそれを受け入れ、あきつ鬼という名を与えるのだった。
それから、薬師・僧侶・鬼がチームとなり、物の怪が引き起こす様々な出来事を鎮めてゆくことになる。欲を持つがゆえに弱い人の心に情念の根強さが絡み合い、人はそこを物の怪につけこまれるのだ。特に第四話の山の神と鬼、そして律秀・呂秀の選択には涙が込み上げてきた。法師陰陽師の生き方を表現した秀逸な一話だった。
猿楽一座の面々や、京からやってきた天文生・大中臣有傅や、山の守り神に育てられた少女・かえでの行く末が気になって仕方ない。物語と並行し、蘆屋道満の人物像が浮かび上がってくる仕組みとなっているのも本書の見どころだろう。
早く続きを読みたい。ぜひともシリーズ化していただきたい。