<東北の本棚>ロマン感じる奇譚の旅
[レビュアー] 河北新報
「遠野物語」に出てくるような民話や、平泉文化に代表される歴史物語の宝庫である岩手県。宮古市に生まれ、郷土史に精通する著者が、県内各地に伝わる伝承を50の「奇譚(きたん)」として紹介した。著者のフィールドワークを凝縮した旅行記でもあり、神秘体験じみた話も出てくるが、「岩手ならもしかして」とロマンを感じてしまう。
「岩手旅行のガイドブックに」と著者自らが薦めるように、義経北行伝説、大船渡市の来訪神スネカ、盛岡市近郊・南昌山の怪光現象、座敷わらしなどなど。広大な県土に息づく数々の物語が思い入れたっぷりに描かれる。
「森羅万象を畏怖し、そこから必要最低限の糧を得る習俗は、日本的な信仰形態を残す貴重な精神文化」と称賛するのは、西和賀町沢内のマタギ文化。災害が激甚化する今日、決して自然への謙虚さを忘れてはいけないという警句とも読み取れよう。
地域的にはやや盛岡周辺寄りという印象も。例えば宮城県境の一関市藤沢町大籠で非業の運命をたどるキリシタン伝承なども、ぜひ知ってほしい岩手の歴史だ。
遠野物語に収録された、明治三陸大津波で妻と子を失った男に関する言い伝えは、とても切ない。残った2人の子を育てる男はある夜の海辺で、元の恋人と歩く妻の幻と出会う。2人は夫婦になったと告げて去る。失意のまま、男は病床に伏せる。
東日本大震災が起き、著者はこの話に込められたメッセージに初めて気付いたという。被災し大切な人を亡くした人は、簡単には前に進めない。亡き人にせめてあの世で本当の幸せをつかんでほしいと願う、それが人間の本能だと。震災後10年を経てもなお、被災者の思いを受け止めていくことが大切だと、著者は訴える。(浅)
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