『松田聖子の誕生』
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「発見力」と「実現力」の物語
[レビュアー] スージー鈴木(音楽評論家)
松田聖子をデビューさせた音楽プロデューサー・若松宗雄による新書『松田聖子の誕生』が刊行。地方オーディションに夢を託した、16歳の少女の存在が社会現象になるまでの道のりを明かした本作の読みどころを、音楽評論家のスージー鈴木さんが語る。
スージー鈴木・評「『発見力』と『実現力』の物語」
先に自己紹介をすると、私は、今回取り上げる『松田聖子の誕生』と同じ新潮新書から、今年『桑田佳祐論』、5年前に『サザンオールスターズ1978-1985』をリリースした者である。
両書でこだわったのは、サザンのデビュー曲『勝手にシンドバッド』について。特に、1978年8月31日、TBS「ザ・ベストテン」の「今週のスポットライト」のコーナーに出演して、ライブハウスから爆発的な演奏をしたことについて。
「初期のサザン/桑田佳祐がどれだけすごかったか、パンクだったか」を、国民的な安定感を持った今の彼らしか知らない層に伝えたい。そんな気持ちが、2冊の本を著す原動力となったのである。
そんな私は、この『松田聖子の誕生』というタイトルに、まずハッとさせられた。サザン同様、「初期の松田聖子がどれだけすごかったか」と、ずっと思っていたからだ。
ボーカリスト・松田聖子について私は、圧倒的に初期を推す――シングルで具体的に言えば、『裸足の季節』『青い珊瑚礁』『風は秋色/Eighteen』『チェリーブラッサム』『夏の扉』あたりまでの難曲を、とんでもない声量の野太い声で歌った、いや吠えた初期の松田聖子――。
これは有名な話だが、『夏の扉』の次のシングル『白いパラソル』の時期あたりから、声のコンディションが変わり、技巧的な歌い方へのシフトを余儀なくされる。それでも松本隆という強力な援軍に支えられ、さらに黄金時代へと突き進むのが、松田聖子の凄みなのだが。
それでもやはり、松田聖子は初期であり、つまりは初期のあの声だと思う。初期が最高なんだよ、松田聖子とジョン・レノンは。
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前置きが長くなったが、この本は、初期のあの声の原石とも言える、アマチュア時代、16歳の松田聖子が歌う「運命のカセットテープ」に魅せられ、彼女をデビューさせ、大ブレイクさせた音楽プロデューサー・若松宗雄(当時CBS・ソニー)という男の物語である。
「運命のカセットテープ」に録音されていたのは、後の松田聖子が所属する事務所の大先輩=桜田淳子のヒット曲『気まぐれヴィーナス』(77年)。
カセットテープを入れて再生ボタンを深く押し込んだ瞬間、どこまでも伸びゆく力強い歌声が小さなスピーカーから想定外の迫力で室内へと響き渡った。(中略)「こんなすごい子がいるんだ!!」(『松田聖子の誕生』)
余談だが、若松氏が「運命のカセットテープ」に震えたのとほぼ同時期に、CBS・ソニー系列のレコード会社=EPIC・ソニーのプロデューサー・小坂洋二は、無名の若者がピアノ1本で歌うデモテープに魅了される。その若者の名前は佐野元春――。
若松氏、小坂氏に共通する、優秀な音楽プロデューサーの資質は、2つの力で定義付けられると思う。1つは「発見力」。山ほどあるデモ音源から、「こんなすごい子がいるんだ!!」と思わせる音源を発見する能力。そしてもう1つは、自らの「発見力」を信じ切って、デビューさせ、ブレイクさせる「実現力」だ。
この本は、まずは松田聖子の物語だが、さらに本質的には、若松氏の「発見力」と「実現力」の物語なのである。
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本書の中にある、若松氏関連のエピソードとして驚いたのは、彼がプロデュースした松田聖子の、ほとんどのシングルやアルバムのタイトルが、若松氏本人の発案だったという事実だ。
特に秀逸なのは、デビュー曲の『裸足の季節』だ。「聖子自身の爽やかさ、歌詞の世界との親和性、何より覚えやすい普通の言葉の組み合わせなのに、全く新しいイメージを想起させる言葉」と若松氏も自賛するが、加えて私は、80年代という「ポップ原理主義」が支配するディケイドの幕開けとして、『裸足の季節』という5文字は、この上なく似つかわしいと思う。
加えて驚いたのは、こちらはやや些末に捉えられる話かもしれないが、『裸足の季節』の10年前の70年に若松氏が、カナダ出身のバンド=マッシュマッカーンの『霧の中の二人』という曲をヒットさせていること。
当時、大阪営業所にいた若松氏が、あのキュートなメロディを商品倉庫の中で探し出し、「なんとも言えない哀愁、この曲は絶対に日本人の心に響くぞ」と感動し、売り込んだものなのだという。結果、洋楽にもかかわらずオリコン1位に輝く大ヒットになる。
これらのエピソードに象徴される、言葉と音楽性に対する鋭い感性こそが、若松氏の「発見力」と「実現力」を下支えしたのだと、あらためて感じ入るのだ。
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松田聖子の数々の名曲に彩られた80年代を過ごした1人として、若松氏に感謝したい。とりわけ、その声に対する「発見力」に対して。同様に、私の80年代を彩った桑田佳祐と佐野元春を「発見」したスタッフにも。
長く音楽を聴き続けて思うのは、すべては、始まりの瞬間に込められているということ。はっぴいえんど時代の松本隆は、『はっぴいえんど』(70年)という曲の歌詞に、こう残している。
――でもしあわせなんて どう終わるかじゃない どう始めるかだぜ