『日本語が消滅する』山口仲美著

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日本語が消滅する

『日本語が消滅する』

著者
山口 仲美 [著]
出版社
幻冬舎
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784344986961
発売日
2023/06/28
価格
1,078円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『日本語が消滅する』山口仲美著

[レビュアー] 川添愛(言語学者・作家)

唯一無二 母語という宝

 アメリカに留学していた頃、現地の子どもが英語をペラペラ喋(しゃべ)るのを見て、「こんなに小さい子が英語を完璧に話せるのに、私はなんでうまく話せないんだろう」と落ち込んだことがある。冷静に考えれば、私だって母語である日本語を自由に操れる。それなのに、ついそのように思ってしまったということは、私の中に「英語を話せる人は偉いが、日本語を話せても別に偉くない」という思いがあったということだ。

 私と同じようなコンプレックスを抱いたことのある人は多いはずだ。本書のショッキングなタイトルを見て「まさか、そんなことはあり得ない」と思う人もいるだろうが、歴史上で実際に起こった言語消滅の事例を見ていくと、日本語が消滅する可能性もゼロではないように感じられる。著者によれば、もっとも可能性の高い日本語の消滅要因は「自発的に他の言語に乗り換えること」。つまり、日本人が日本語を軽視し、自ら手放すことだという。

 経済的・社会的な利益のために他の言語に乗り換えた結果、消えてしまった言語は多い。たとえばパプアニューギニアで何百年も話されてきたタヤップ語は、交易語のトク・ピシンを取り入れてからわずか数十年で消滅の危機に陥ったという。日本語を失ったことのない自分がいかに幸運であるかに気付かされる。

 中には論理の飛躍がみられる部分もあるため、本書の内容すべてに同意できるわけではない。それでも著者の言葉は心に強く訴えかけてくる。「なんの苦労の意識もなく自然に手にしているものが、実はかけがえのないものであったことに気づくのは、それが手元からなくなってしまった後です。日本語を失って初めて、その価値に気づくなどという愚かなことを私たちはしてはいけないのです」。今こそ、誰もが「母語という宝物」を持っていること、そして言語に優劣はなく、どの言語も唯一無二であることを再認識すべきときかもしれない。(幻冬舎新書、1078円)

読売新聞
2023年10月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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