『毒々生物の奇妙な進化』
- 著者
- クリスティー・ウィルコックス [著]/垂水 雄二 [訳]
- 出版社
- 文藝春秋
- ジャンル
- 文学/外国文学、その他
- ISBN
- 9784163906010
- 発売日
- 2017/02/16
- 価格
- 1,760円(税込)
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毒々生物の奇妙な進化 クリスティー・ウィルコックス 著
[レビュアー] 小林照幸(作家)
◆遺伝子解析で見えた戦略
生物において捕食や攻撃に際し、相手の体に注入する毒液は効率がよい。
毒液の正体はアミノ酸の複雑な配列からなるタンパク質。生物の種によって異なり、研究の宝庫でもある。毒液を作る突然変異に恵まれた生物は独自に進化を重ねたことが毒液の遺伝子解析から見えてきた、と著者は語る。
美しい貝殻を持つ巻貝のイモガイ類は、歯を毒銛(どくもり)に変化させて魚に強烈な神経毒を注入して瞬殺し、捕食する進化によって食物連鎖上の立場を逆転させた。人間が手に取れば、刺されて死亡の危険性も高い毒液(沖縄では死者も)の遺伝子は、地球上で進化速度が最も速いDNA配列とは恐れ入る。
エメラルドゴキブリバチはゴキブリの脳に毒液を注射し、ゴキブリ自ら幼虫の餌となるマインドコントロールに導く。この奇想天外さも進化なのだ。
毒液を持たない生物も遺伝子を解析すると、毒液を有していた痕跡が多く見られるという。毒液の生産と維持は代謝をはじめエネルギーを費やす。費用対効果に合わぬ、と判断した生物は進化の過程で毒を捨てたわけである。
ヒトの祖先は毒蛇を敬遠するために脳を大きく進化させた、人間の脳と視覚神経系の進化は毒蛇のおかげ、という学説の検証は刺激に満ちている。
蛇毒は神経毒と血液毒に大別され、後者は死亡を免れても、患部を中心に皮膚、血管、筋肉などを腐らせる悲惨な壊死(えし)を起こす場合が多い。日本のハブもそうだが、この毒は骨の髄まで餌の消化を促すのに実は役立っている。
毒液の科学的治療は、十九世紀末の蛇毒の抗毒素の開発が世界初だった。現代では、毒液から病気の治療薬を見いだす研究が激化している。二十一世紀には、アメリカドクトカゲの毒液の分析から糖尿病の治療薬(皮下注射薬)が開発され、バイエッタの商品名で米国から世界に広まったのは好例だ。
生物の毒液の進化は、人類の進化に影響を与え、天然資源の面で寄与もしていることを本書は存分に伝えた。
(垂水雄二訳、文芸春秋・1728円))
<Christie Wilcox> 米国の生物学者・サイエンスライター。
◆もう1冊
今泉忠明監修『猛毒生物図鑑』(日本文芸社)。昆虫・魚類・は虫類から哺乳類まで、世界の猛毒生物と、その危険を避ける方法。