[本の森 ホラー・ミステリ]『貘の耳たぶ』芦沢央/『LOST 失覚探偵』周木律/『ダークナンバー』長沢樹

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[本の森 ホラー・ミステリ]『貘の耳たぶ』芦沢央/『LOST 失覚探偵』周木律/『ダークナンバー』長沢樹

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

 出産――新たな命が生まれて程なく、新たな犯罪が生まれた。帝王切開での出産を咎められたと感じた繭子が、自分の子供を、同時期に自然分娩で出産した郁絵の子供と密かに交換したのだ……。芦沢央の『貘の耳たぶ』(幻冬舎)は、その交換からの約五年を描いている。前半は繭子の視点で、後半は郁絵の視点で。

 いやもう痺れる。繭子の不安と緊張と逡巡と、そして血の繋がらない子への愛情と。さらには、真実を知らないまま、繭子の夫と子供が、あるいは郁絵夫婦と子供が親子関係を育んでいく姿と。それらが実にサスペンスフルかつ繊細に絡み合っているのだ。作者は、登場人物たちの心理は丹念に書き込んでいるが、そこに作者自身の倫理観は投影していない。それ故に、読者はこの本を読んでいる間ずっと、何を是とするかを問われ続けるのだ。そして結末に於いて、ある想いが明らかになったとき(ミステリでいえば意外な動機が明かされる瞬間の衝撃がある)、親子や家族について、なおいっそう深く考えさせられることになる。斜め読みを許さない濃密な物語だ。

 周木律LOST 失覚探偵』(講談社)は、謎を解く度に五感の一つを失っていく病を患った天才探偵とその助手の物語。上中下の三巻組がこのほど完結した。技巧を凝らした六つの犯罪とその解明を通じて、“探偵が探偵であること”の意味を浮き彫りにする。個々の事件での仕掛けや、“失覚”という探偵の特長まで織り込んだ全体の大仕掛けが、読み手を魅了する。探偵という人生の凄絶さとともに。

 現役のTV業界人であり、横溝正史ミステリ大賞受賞作家でもある長沢樹の新作『ダークナンバー』(早川書房)は、警察の活動とTV報道という二つのドラマを縒り合わせた強靱なサスペンス小説だ。

 警視庁刑事部の渡瀬敦子は、東京都西部で連続する放火事件をプロファイリングを用いて調べていた。同じころ、敦子の中学の同級生で、現在はTV局に務める土方玲衣も、ある理由からその連続放火事件に着目していた。二人の有能なプロフェッショナルが捜査/調査を進めるが、そんななかでも犯人は冷静に犯行を重ねていく……。

 捜査と報道が単なる足し算でなく、掛け算としてサスペンスを増幅するように作られているのが嬉しい。その支えとなるのが、敦子と玲衣の協力関係だ。二人は、互いにプロとしての一線を守りつつ情報交換を行い、最良の結果を得ようとスタンドプレイすれすれの手法も用いて、真相究明を進める。そのプロならではの連携も読みどころ。さらに、犯人が抱えたドラマも読ませるし、犯人が狡猾で非情な様もよい。だからこそ、クライマックスの警察×報道×犯人のスリルが際立つ。長沢樹は、作家としてまた一つ新たな扉を開けた。

新潮社 小説新潮
2017年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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