販売促進の常識を覆す「発酵カルチャー」本
[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)
初版発行部数の少ない本の弱み。それは棚に埋没してしまう点だ。売り場のスペースが限られている以上、一~二冊しか入って来ないような本に平台展開なんてまず期待できない。ゆえにたいていの場合、内容に関する評判が出回る前に返本、といった憂き目に遭う。
そんな無理ゲー状態を鮮やかに覆し、初版四千部にもかかわらず発売から一週間で重版出来を達成した勇者が現れた!――その名も『発酵文化人類学』。前代未聞の「発酵カルチャー本」にして、生物学から遺伝学、はては宗教やデザイン、アートなど多様なトピックスが落語形式で入り乱れる。つまりこの本、各書店でシステマティックに棚差しできないようなディープな代物に仕上がっているのだ。
「僕のように無名かつニッチな著者が従来の流通の仕組みの中で勝負しても絶対に勝てない。だったら初めからマス・マーケティングの土俵に乗らないやり方を、と考えたんです」。著者の小倉ヒラク氏はそう語る。
そのひとつが、著者自ら「小さな取次」になること――すなわち自身のHPを介した事前予約システムの採用だ。これなら「売りたい!」と思ってくれる書店にまとまった量が必ず行き渡るし、本当に自分の本に興味を持ってくれる人たちと直接コンタクトを取りながら要望を内容に反映させることが可能となる。
加えて、これまでの販促で常識とされていた帯や推薦文は一切排した。お仕着せの評価をパッケージングすることなく、実際に内容に触れた書店側にキュレーションしてもらうためだ。その結果、例えば中目黒 蔦屋書店では、作中に登場する発酵食品をずらりと並べた平台が出現。他にも都心の書店では食文化と微生物学とデザインを並列させた「ジャンル横断本棚」が、地方の店舗ではその土地の発酵食品と書籍を並べた「ご当地発酵本棚」なる遊び心満載の空間も誕生した。
単に「売る」仕組みにとどまらず、必要とするコミュニティに「届ける」仕組みをつくりあげること――本書のあり方は、「本」という知的財産にとって最も大切なことを体現している。