『貧困の戦後史』
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貧困の戦後史 岩田正美 著
[レビュアー] 橋本健二(早稲田大教授)
◆放置する政治は変わらず
それまでの「一億総中流」が崩れて「格差社会」が流行語になったのは二〇〇六年。それから十二年、長らく忘れられていた貧困の存在も、注目を集めるようになった。しかし、その本当の深刻さは理解されているのか。昔の貧困に比べればたいしたことはない、景気が回復すれば解消するだろうなどと、軽く考える傾向はないだろうか。
貧困研究の第一人者による本書は、単なる比率や人数などの量ではなく、貧困の「かたち」に注目し、しかも終戦から今日に至る貧困の流れを一貫した視点で描くことにより、読者の認識を大きく改めさせてくれる。
時代により、貧困の「かたち」は変化してきた。終戦直後の戦災者と引き揚げ者、そして「浮浪者」。経済復興途上の失業対策から生まれた日雇い労働者の「ニコヨン」、屑物(くずもの)拾いを業とする「バタヤ」、仮小屋住まいの人々が集まる「スラム」。経済成長下で拡大した野外の労働市場である「寄せ場」と、日雇い労働者の休息の場である「ドヤ」。現代のホームレス、ネットカフェ難民、そして単身高齢者。
貧困のさまざまな「かたち」は、一見すると異質にみえるが、実は共通項が多い。空き缶を集めるホームレスは現代の「バタヤ」であり、ネットカフェ難民はドヤ暮らしの労働者の変形である。そして公営住宅や民間アパートの密集地域の一部は、実質的にはスラム化している。
そして著者によると、まったく変わらないのは、貧困を基本的に個人の努力で対処すべきものとみなし、貧困層を食い物にする企業や組織を放置する政治のあり方である。これは、貧困から脱することのできない人々への差別のまなざしと一体である。
だとすると貧困は、税の使い道の多少の変更などではなく、政治や社会の「かたち」を変えることによってしか解決しないのだろう。量ではなく「かたち」に注目したという本書の最大のメッセージは、おそらくここにある。
(筑摩選書・1944円)
<いわた・まさみ> 日本女子大名誉教授。著書『社会福祉のトポス』など。
◆もう1冊
金子充(じゅう)著『入門 貧困論』(明石書店)。貧困とは何か。貧困はなぜ生まれるのか。そして、貧困対策としての社会保障について解説。