グローバル食品産業で何が起きているのか?

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トマト缶の黒い真実

『トマト缶の黒い真実』

著者
ジャン=バティスト・マレ [著]
出版社
太田出版
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784778316167
発売日
2018/03/02
価格
2,090円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

グローバル食品産業で何が起きているのか?

[レビュアー] 鈴木裕也(ライター)

 パスタソースやカレー、鶏肉のトマト煮……。我が家の台所に欠かせないトマト缶は、常にケース買いする常備品である。そのトマト缶が「黒い」と、フランスの著名な若きジャーナリストが言う。読まずにはいられず、手に取った。

 読み始めると驚きの連続だった。著者は二〇一一年、フランス・プロヴァンス地方のトマト缶製造工場の敷地内で怪しいドラム缶を発見する。吹きさらしのままに高く積み上げられているドラム缶のラベルには「トマトペースト、新疆、カルキス、中国産」と書かれている。トマト缶は地元の加工工場が地元のトマト農家が生産したトマトから作っているのではなかったのか? ショックを受けた著者による徹底的な取材が始まった。

 中国、アフリカ、欧米各地を何万キロも移動し、三年の歳月をかけて取材・執筆したという本書には、年間売り上げ一〇〇億ドルにのぼるトマト加工産業の“不都合な真実”が濃縮されている。

 最初の驚きは、世界中のトマト缶で当たり前のように行われている産地偽装だ。例えば、本場イタリア産のトマト缶の中身が中国で生産・加工された三倍濃縮のトマトを薄めたものだったり、缶のデザインはいかにもイタリア風でも実際は中国製のトマト缶だったり、有名メーカーのトマト缶がどれも中国の工場でOEM生産されたものだったり……。

 このような偽装が起きる理由には、グローバル市場での熾烈な価格競争が根底にある。地元産のトマトを使って、地元の労働者を雇って、質の高い商品をつくるよりも、安い労働力で大量生産される中国産の濃縮トマトを再加工して安く売ったほうが儲かるからだ。

 もっと安いトマト缶を作るのも自由自在だ。わずかな量の濃縮トマトに、とろみ付けのデンプンなどの添加物を混ぜ、濃く見せるために着色する。そうしてつくられたトマト三一%、添加物六九%の、“トマト缶もどき”の商品は主にアフリカでトマト缶として売られている。さらに、この技を使えば「ブラックインク」と呼ばれる、古くなって酸化が進み腐って黒くなった濃縮トマトも“立派な”トマト缶に再加工できるという。

 業界にとって不都合な“黒い事実”を取材する著者の姿勢も驚きだ。中国・天津の最新型トマト加工工場を取材した際には、取材相手の隙をつき、「ここには入るな」と言われた秘密の部屋に侵入し、加工現場をその目で確かめ、ちゃっかり証拠写真まで撮ってしまう。そんな執拗な取材によって、著者は加工現場だけでなく、収穫現場での過酷な労働や搾取、マフィアとトマト缶の関係などトマト缶にまつわるあらゆる裏面を暴いていく。

 この最高に素晴らしいリポートのせいで、我が家は食生活を変えざるをえなくなった。

新潮社 新潮45
2018年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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