怪物を生んだ正体とは

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怪物を生んだ正体とは

[レビュアー] 山村杳樹(ライター)

 フランケンシュタインとは怪物ではない。科学の魅力に取り憑かれ、生命の謎を解き明かそうとして、意に反して醜悪な怪物を創り出してしまった若者の名前である。今年は、メアリー・シェリーのゴシック小説『フランケンシュタイン』出版から二〇〇年目にあたる。科学が孕む暗部を語るとき、この若者ほど相応しい存在はなかったのではないか。

 本書は、科学の裏面史に焦点をあてたNHK BSプレミアムの連続ドキュメンタリー「フランケンシュタインの誘惑 科学史 闇の事件簿」のうち、人体実験に関係するテーマに絞って再編集されている。収載されているのは、死体の解剖、収集に異常な執念を燃やした一八世紀の外科医「切り裂きハンター」、ナチスのホロコーストを導き、戦後も学界の重鎮として生き延びた人類遺伝学者、ロボトミー手術を普及させた精神科医、東ドイツで国家による組織的ドーピングを主導した医師、看守と囚人に被験者を分けて「史上最悪」の実験を行った社会心理学者の五人のケース。それぞれ、主役を演じた科学者たちの生まれ育ちから、時代環境、科学者としての業績、影響、問題発覚後の態度などを辿っている。

 このなかで、近年の調査によって浮かび上がってきた大物科学者がドイツの人類遺伝学者オトマール・フォン・フェアシュアー。彼は双子研究の成果を優生政策に応用するために組織的な「断種」を提唱し、ナチスはこの提案に基づいて四〇万人もの強制断種を行った。アウシュビッツ強制収容所で「死の天使」と恐れられた医師ヨーゼフ・メンゲレは、彼の弟子で、収容所から囚人たちの血液を師に送り届けていた。にもかかわらず、彼は戦後も大学教授として要職を歴任し、死ぬまでドイツ医学界の重鎮としての地位にとどまった。彼は最後まで「病弱者や障害者の増大を防ぐ」という自らの“善意”を疑うことはなかったようだ。

 ドーピング問題は、ロシアが平昌五輪で出場禁止処分を受けたことでクローズアップされたが、ここで採りあげられた旧東ドイツの国威発揚を目指した「国家計画14・25」は、その冷酷な緻密さで群を抜いている。八歳以上の有力選手全員に薬物を投与し、新薬の開発研究から、隠蔽技術の開発までを国家ぐるみで行うこの計画は、一九七六年のモントリオール五輪の金メダル四〇個という形で結実した。しかし、幼い頃からビタミン剤と偽って投与された薬物の後遺症は、選手たちを苦しめた。

 本書の解説で、宇宙物理学者の池内了は、科学がもつ「原価値」と「社会的価値」を認識する必要があると指摘し、現在は、科学の「社会的価値」が科学の「原価値」を圧殺しかねない状況に追い込まれていると警告する。怪物を生み出すのは、怪物ではなく人間なのである。

新潮社 新潮45
2018年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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