差別に抗う黒人たちのグラフィックノベル、異例のヒット〈ベストセラー街道をゆく!〉
レビュー
カルチャーの共有が生んだ骨太グラフィックノベルのヒット
[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)
自己啓発本が売れ続けている一方で、政治や社会全体に関して啓発を促す本は苦戦することも多いのが現状。「おそらく読み手の“当事者意識”の問題。自分の世界に直接関係なさそうなことには手が伸びにくいんでしょうね」(書店関係者)。
そうした膠着をぶち破る契機となりそうなのが、『MARCH』シリーズのスマッシュヒットだ。敢えて非暴力の手法で差別に抗い、平等を勝ち取っていく黒人たちの姿を描いた骨太のグラフィックノベルで、第一巻は発売後二カ月ほどで異例の重版出来。二巻と三巻も増刷目前だという。
グラフィックノベルとは、一般的には複雑なストーリーを有した長篇コミックを指す用語。米国ではポピュラーなジャンルだ。十代で公民権運動に身を投じたジョン・ルイス下院議員の視点から、実際にそこにあった情景が緻密な絵で描かれることで、偏見や暴力の冷たさ、凄まじさがなまなましい感触で伝わってくる。「文字だけでは伝わりにくい雰囲気も表現できるのがこの体裁の特色なのですが、日本ではまだ馴染みのないジャンル。書店さんもどの棚に置けばいいのか考えあぐねていた面もあると思います」(担当編集者)。
そこで、投げ込みの解説文を充実させると共に、“迷ったら一般書コーナーへ”と呼びかけるようにし、機械的にコミック棚の片隅へ追いやられないよう努めた。結果、感度の高い書店を中心に平台で関連書フェアが組まれる事態に発展した。
最初にレスポンスしたのはラッパーたちだ。Zeebraやライムスターの宇多丸らがメディアで率先して作品を紹介してくれた。「彼らヒップホップカルチャーの担い手は、この作品のテーマである差別に抗する心、結束や他者へのリスペクトといった前提をすでに共有しているんです」(同)。いわゆる研究者ではなく、『ヒップホップ・ジェネレーション』等で知られる押野素子氏に翻訳を依頼した点も、彼らの心を直接ノックする要因となったのだろう。
知識の啓蒙ではなく、カルチャーを共有し理解を促す―“当事者意識”を揺り起こす秘訣はそこにある。