【ニューエンタメ書評】早坂吝『探偵AIのリアル・ディープラーニング』今村翔吾『くらまし屋稼業』ほか

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ニューエンタメ書評

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

 連日続く猛暑日、みなさんいかがお過ごしでしょうか?
 クーラーが効いた室内での読書は、この時期の天国です。
 今回は6作品ご紹介します。

 ***

 私はアンソロジーが好きだ。読むのも好きだし、作るのも好きだ。いままで数十冊のアンソロジーを編んできた。つい最近も『悲恋』(朝日時代小説文庫)というアンソロジーを刊行。タイトルにあるように“悲恋”をテーマにした時代小説のアンソロジーだ。機会があったら、新刊で購入して、読んでいただきたい。

 という露骨な宣伝はさて措き、たくさん作ったアンソロジーの陰には、アイディア倒れに終わり、実現しなかったものが幾つもある。たとえば、うなぎを題材にしたミステリー・アンソロジー、略して“うなミス傑作選”だ。ミステリーと銘打ったが、そのジャンルだけでは無理。しかしホラーやSFも入れれば可能なはず。香山滋の「海鰻荘奇談」、霞流一の「畜生は桜樹に散る」、岡本綺堂の「鰻に呪われた男」、杉本苑子の「鶴屋南北の死」、篠田節子の「深海のEEL」で一冊になるなと思ったが、こんなニッチなアンソロジーの企画を通してくれる出版社があるわけもない。当然のごとく、お蔵入りとなった。

 さて、こんなことをツラツラと書いたのは、倉田タカシの『うなぎばか』(早川書房)を読んでしまったからだ。なんと、うなぎが絶滅した後の世界を舞台にした、ポストうなぎ小説集である。収録されているのは五作。冒頭の「うなぎばか」は、元うなぎ屋の息子を主人公にして、人々のうなぎに対する想いが綴られていく。うなぎのタレを息子に託すという父親。それに反対する〈うなぎ文化保存会〉。彼らによって引き起こされたドタバタ騒ぎを通じて、失われたうなぎに対する慙愧と感傷が浮かび上がる。ニヤニヤ笑いながら、ちょっと感動してしまう話だ。

 続く「うなぎロボ、海をゆく」は、サササカさんと連絡を取りながら、海の調査をしているうなぎ型ロボットが、密漁者を発見する。うなぎが絶滅したことで、漁猟の規制が厳しくなっても、密漁を止められない国。ロボットを自分たちの都合で動かす人間たち。うなぎロボのキャラクターが魅力的なだけに、人間の傲慢が際立つ。本書のベストだ。

 もちろん他の作品も優れている。うなぎをテーマにしながら、一作ごとに内容をガラッと変え、ユニークな世界を創り上げた。もし“うなミス傑作選”が実現することがあったら、是非ともどれか採らせていただきたいものだ。

 早坂吝の『探偵AIのリアル・ディープラーニング』(新潮文庫nex)は、ユニーク極まりないミステリーだ。ディープラーニングという新技術によって、一挙にAI(人工知能)は進化した。しかし立役者となった研究者の合尾創が、密室で謎の死を遂げる。双子のAIに「探偵」と「犯人」を振り分け、競わせていた創。「探偵」のAI・相以を遺された創の息子の輔は、彼女と共に父親の死の真相を追う。しかし「犯人」のAI・以相は、テロリスト集団「オクタコア」に協力していた。そして輔と相以は、さまざまな事件と、「オクタコア」の陰謀に立ち向かうことになる。

 基本設定のみならず、全五話で描かれる事件の真相は、どれもぶっ飛んでいる。その中でも特に面白いのが、第二話「シンボルグラウンディング問題」だ。環境保護団体の本部でリーダーが殺されるのだが、その凶器がなんとシマウマなのである。崖の上から落とされたシマウマが激突し、リーダーが死んだのだ。さらにその後も、犯人は不可解な行動をしていた。この謎の真相はバカバカしいものではあるが、いわゆる“バカミス”とは、ちょっと違う。注目すべきは、殺人の起きた場所だ。環境保護団体の本部は、大都会の真っただ中に、大自然を造成した、公園のようなところなのである。

 ここを読んで私が連想したのは、ピブル警視を主人公にしたピーター・ディキンスンのミステリー『ガラス箱の蟻』と『英雄の誇り』だ。どちらも普通の世界の中に挿入された、異質な世界で殺人が発生する。異なる文化の衝突が、物語の根底にあるのだ。おそらくだが作者は、ディキンスン作品を意識したのではなかろうか。

 なぜなら本書も、文化衝突の物語だからだ。AIの相以は、きちんと輔とコミュニケーションを取りながら、どこかズレている。そこにAIと人間の違いがある。AIと人間が分かり合えるのかが本書のテーマといっていい。そして第二話のストーリーそのものが、テーマを補強する役目を果たしているのである。突飛なようで考え抜かれた作品であり、私は高く評価している。

 早坂作品とは別の意味で、汀こるものの『火の中の竜 ネットコンサルタント「さらまんどら」の炎上事件簿』(メディアワークス文庫)も、ぶっ飛んでいる。パソコン教室の雇われ講師をしている“ぼく”は、生徒の蕎麦屋が作ったサイトが炎上したことから、オメガという炎上専門のネットコンサルタントと知り合うことになる。車椅子生活を送りながら、嬉々として炎上事件に首を突っ込む、美青年のオメガとは、何者なのだろうか。

 蕎麦屋の炎上事件でオメガがしたのは、犯人を捕まえることではない。事実を改変し、炎上の対象を他にずらすことだった。悪をもって悪を制すとでもいおうか。炎上といじめは同じ構図だという彼は、「ネットではね、ナメられたら死ぬんですよ」と断言する。オメガの言動は過激で、それゆえに痛快だ。ストーリーが進むと、オメガの正体など、読みどころが増えていくが、一番のポイントは、やはり炎上に対する姿勢であろう。ネット時代のミステリーであり、ファンタジーなのだ。

 香納諒一の『完全犯罪の死角 刑事花房京子』(光文社)は、オーソドックスな倒叙ミステリー。ちなみに倒叙ミステリーとは、物語の冒頭で読者に対して犯人が明らかにされるスタイルの作品を意味する。倒叙ミステリーの歴史は古く、長い歳月の中で、さまざまなバリエーションが生まれてきた。しかし本書のストーリーに捻りはない。倒叙ミステリーの王道を、堂々と示しているのだ。

 亡き父親から引き継いだ会社「沢渡家具」を守ろうと、必死で働く沢渡留理。考えの違う兄と、その愛人を殺して、偽装工作をする。しかし想定外の事態が発生。それでも平静を装う留理の前に現れたのは、ちょっと奇妙な花房京子という刑事だった。

 以後、留理のパートと京子のパートを描きながら、物語は進行。犯人の心理を掘り下げることができる倒叙ミステリーの利点を巧みに使い、留理の人物像に迫っていく。その一方で、京子の着実な捜査にワクワクさせられる。見た相手によって印象の変わる、京子のキャラクターが楽しい。クライマックスで京子が留理を屈服させる、最後の一撃もお見事。シリーズ化希望の面白さである。

 加瀬政広の『なにわ人情謎解き帖 烏検校』(双葉文庫)は、『なにわ人情謎解き帖 天満明星池』に続く、シリーズ第二弾だ。舞台は幕末の大坂。西町奉行所吟味役同心の鳳大吾と、一度として死者の口寄せに成功したことのない梓巫女見習いのお駒のコンビが活躍する捕物帖だ。前作は連作集で、どれも読みごたえがあったが、なかでも感心したのが、プチャーチンの来航と御寮人の死体消失事件を結びつけた「澪標盗人」であった。この作品を読むと、大坂にとっての黒船来航とは、ペリーではなくプチャーチンだったと思えた。そこに大坂ならではの幕末史を背景にした、独自の捕物帖が生まれる可能性が感じられたのである。

 本書でその可能性は、大きく開花した。遠島になる四人の囚人を護送中の大吾が遭遇したのが、安政南海地震であったのだ。地震による津波に巻き込まれた彼らは、一緒くたに流された。なんとか無事だった大吾だが、四人が行方不明に。七日のうちに囚人を見つけられなければ切腹といわれた彼は、見届け人の伊吹兵庫と共に、四人を追う。眼の手術を受けたまま生死不明のお駒を気にかけながら、大吾は荒廃した大坂の町を走る。

 作者は、大吾のタイムリミットでサスペンスを盛り上げながら、ミステリーの要素もたっぷり盛り込んだ。第一章では、今この時の大坂でなければ成立しないトリックに感心し、そのすぐ後の意外な謎解きに驚くことになるのだ。第二章の殺人事件と、その解決も巧みである。後半になるとお駒も登場し、タイトルの烏検校にまつわる事件が、大きくクローズアップされる。こちらも意外性抜群だ。

 さらに荒廃した大坂で、困難な状況にある人々を助けようとする、大吾とお駒の行動が輝く。実はお駒には、大きな悲劇が襲いかかるのだが、それに負けない強さを見せてくれる。幕末の大坂を生きる人々の、真剣で誠実な姿に心打たれた。

 最後は、今村翔吾の『くらまし屋稼業』(ハルキ文庫)にしよう。くらまし屋とは、今風にいえば夜逃げ屋であろうか。メンバーは、特異な剣を使う飴細工屋の堤平九郎、天才軍師の七瀬、美男子で変装の名人の赤也。一癖も二癖もあるくらまし屋の新たな仕事は、やくざから足抜けしようとする万次と喜八だ。なぜか執拗にふたりを追う、やくざたちから晦まして、いかに江戸を脱出させるのか。七瀬の考えた脱出策が奇抜であり、エンターテインメントの面白さが堪能できた。

 その他にも、ギリギリの状況で示される人情や、ド派手なチャンバラなど、読みどころは満載。そしてワクワクしながらページを捲っていると、巨大な謎と不気味な敵が見えてくる。現在、「羽州ぼろ鳶組」シリーズで人気の作者だが、この作品も大きな話題となることだろう。

 なお本書はシリーズ化が決定しており、第二弾『春はまだか くらまし屋稼業』は、八月九日に発売される予定だという。また、第十回角川春樹小説賞を受賞した『童の神』も、九月に刊行されるという。しばらくは今村作品三昧ができるかと思えば、嬉しくてならない。

角川春樹事務所 ランティエ
2018年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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