『信仰と医学 聖地ルルドをめぐる省察』
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信仰と医学 聖地ルルドをめぐる省察 帚木蓬生(ははきぎほうせい)著
[レビュアー] 若松英輔(批評家)
◆科学は奇跡と向き合えるのか
この本に記された話はすべて、ベルナデット・スビルーというフランス南西部のルルドに暮らした無学な少女が、イエスの母、マリアの出現を経験したところに始まる。一年間に出現は十八回を数えた。
あるときまで彼女は、自分が聖母に出会っていると思っていない。抗しがたい力に引き寄せられ、その声を受け止めるのに必死だっただけだ。
九回目の出現のとき、聖母は彼女に泥土を掘るようにと告げる。掘っても何も出てこない。出てきたのはわずかな水だけだった。彼女はその泥水を飲む。周囲にいてその姿を見た人々には、奇異以外の何ものでもなかった。
だが、これがすべての始まりだった。今では、ここから湧き出る水によって病が治癒することを願って、毎年五百万もの人が訪れている。
『信仰と医学』という題名は、作者自身が、時代の第一線にいる小説家でありながら、医師であることとも無関係ではない。彼はここで、ルルドを礼讃するのでも、否定するのでもなく、医学は奇跡の地と、どう向き合い得るのかを真剣に考えている。
作者は、教会が奇跡認定において厳密な科学的検証をいとわないことを評価し、ルルドは「科学と宗教、科学と信仰の出会いの場所」であるとも述べている。
先のような現象が起こると、ルルドの名は急速に知れ渡り、そこに教会が建てられ、人々が集まるようになる。聖地になることで、世俗化もはじまった。
作者は奇跡をめぐる迷走を記述するのも忘れない。この本でエミール・ゾラやJ・K・ユイスマンスといった文学者、ノーベル賞を受賞した医学者アレクシー・カレルの著作を引き、その変遷をありありと伝えている。
聖地の「発見者」ベルナデットは三十五歳の若さにして病で逝く。だが、彼女自身はルルドを訪れなかった。「苦しい。でもこうやって苦しむのが幸せなのです」、そう最期に語っていたという。
ベルナデットは、一九三三年に聖女となる。没後五十四年が経過していた。
(角川選書・1728円)
1947年生まれ。作家、精神科医。著書『守教』『水神』『閉鎖病棟』など。
◆もう1冊
アレクシー・カレル著『ルルドへの旅』(中公文庫)。田隅恒生訳。