和歌の黄昏(たそがれ) 短歌の夜明け 島内景二著

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和歌の黄昏 短歌の夜明け

『和歌の黄昏 短歌の夜明け』

著者
島内 景二 [著]
出版社
花鳥社
ジャンル
文学/日本文学詩歌
ISBN
9784909832085
発売日
2019/09/30
価格
3,080円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

和歌の黄昏(たそがれ) 短歌の夜明け 島内景二著

[レビュアー] 水原紫苑(歌人)

◆「源氏文化」したたかに根強く

 国文学者にして、故塚本邦雄門下の歌人である著者の、壮大な和歌と短歌のパノラマである。その大前提となるのは、「日本文化=和歌文化」が『万葉集』から始まったのではなく、『古今和歌集』から始まったということだ。これに『伊勢物語』『源氏物語』を加えた「古今+伊勢+源氏」の三位一体が、日本文化の原郷であるとする。季節や恋や旅を美しく歌い描く平和と調和の文化であるという。この「和の文化=源氏文化」は、外来思想の全てを受け入れて統合して来た。

 だが、この「源氏文化」に最大の敵、本居宣長(もとおりのりなが)が現れる。ここが本書のいちばんの読みどころである。『源氏物語』研究であまりにも有名な宣長が、なぜ「源氏文化」の破壊者なのか。その鍵は「もののあはれ」論だと著者は言う。「もの」とは荒魂(あらみたま)であり、既成の道徳を踏み越えて怒りを爆発させる暴力性が、「源氏文化」の平和志向のアンチテーゼになるということだ。

 このアクロバティックな急展開から、古代回帰によって外来の文化と戦う「反源氏文化」が生まれて来る。『万葉集』を基盤とする近代短歌への潮流である。ここから近代の歌人、作家の個々の在り方が綿密に検証される。

 紀貫之(きのつらゆき)を批判して『古今和歌集』を攻撃した正岡子規(まさおかしき)が意外にも正統な「源氏文化」の教養を身につけていることが、作品の細部から明らかになる。にもかかわらず子規は、戦略として「源氏文化」に反逆し、懸詞(かけことば)や縁語(えんご)による和歌の立体的重層的な構造を捨てて、平面的な写実に向かった。この点は重要である。

 子規の革新のもとに近代短歌が存在した。しかし、「源氏文化」は死んだわけではなかった。作家の内部に潜んで、折々に姿を現している。与謝野鉄幹(よさのてっかん)、晶子(あきこ)、若山牧水(ぼくすい)、北原白秋(はくしゅう)などについて驚かされるのは、「源氏文化」のしたたかな根強さである。

 こののち塚本邦雄に代表される前衛短歌は「源氏文化」を新たに蘇生させつつ、短歌に真の近代を確立しようとしたのではないか。本書の続篇が待たれるところである。

(花鳥社・3080円)

1955年生まれ。電気通信大教授。著書『源氏物語ものがたり』など。

◆もう1冊 

浅田徹(とおる)著『和歌と暮らした日本人-恋も仕事も日常も』(淡交社)

中日新聞 東京新聞
2019年11月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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