従軍記者が現代に投げかける報道の中立性という普遍的な問い

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清六の戦争

『清六の戦争』

著者
伊藤 絵理子 [著]
出版社
毎日新聞出版
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784620326863
発売日
2021/06/14
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

従軍記者が現代に投げかける報道の中立性という普遍的な問い

[レビュアー] 碓井広義(メディア文化評論家)

 新聞などのメディアに関して、「8月ジャーナリズム」という言葉がある。毎年8月になると、「原爆の日」や「終戦記念日」に合わせるように、戦争や平和についての報道が行われることを指す。その集中ぶり、もしくは他の時期の寡黙ぶりを揶揄するニュアンスがそこにある。

 昨年の7月半ばから8月末にかけて、毎日新聞に「記者・清六の戦争」と題する記事が25回にわたって掲載された。本書は、ご都合主義的な報道活動とは一線を画した記事に、加筆する形で書籍化したものだ。

 主人公の伊藤清六は1907(明治40)年、岩手県の農家に生まれた。7歳で父を失い、苦学して高等農林学校を卒業。東京日日新聞(現・毎日新聞)宇都宮支局員として記者生活を始める。農政記者だった清六が系列のマニラ新聞社に出向したのは44(昭和19)年だ。やがて日本軍と行動を共にしながらガリ版刷りの陣中新聞「神州毎日」を作り続け、翌45年6月30日、山中のヤシ林で餓死する。まだ38歳だった。

 本書の特色は、清六が著者の曽祖父の弟、つまり血のつながる親族にあたることだ。しかも同じ毎日新聞の大先輩だった清六の足跡を丹念に追っていく。すると、37(昭和12)年の南京攻略の現場にいたことが判明する。報道統制の中で戦場の惨状を伝えきれなかったこと。記者もまた「加害者」の一員であること。著者は清六の心情を推し量りながら、現在の南京を訪れる。さらに清六の最期の地となったマニラへと飛ぶ。

 山中の狭い壕での新聞作りでは、無線を傍受して外電ニュースを取り、ドイツ降伏やヒトラーの死も正確に報じていたという。現地に立った著者は、極限状態で記者活動を続けた清六に思いをはせる。そこには、「属する組織の中で、個人はどう葛藤し、どう振る舞えるのか」「いつどんな時でも、記者は報道の中立性を守り抜くことができるのか」という、まさに普遍的な問いがあった。

新潮社 週刊新潮
2021年7月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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