深い造詣と鋭い洞察本にまつわる鮮やかな推理が魅力のビブリオミステリ

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深い造詣と鋭い洞察本にまつわる鮮やかな推理が魅力のビブリオミステリ

[レビュアー] 若林踏(書評家)

 北村薫は普段の生活の中に潜む些細な謎を題材にした“日常の謎”ミステリの名手であると同時に、『謎物語 あるいは物語の謎』(創元推理文庫)といったエッセイで本にまつわる深い造詣と鋭い洞察を披露する読み巧者でもある。『中野のお父さんは謎を解くか』は北村の二つの顔が存分に発揮された短編集だ。

 本書は文芸編集者の田川美希と、彼女の父が主役を務めるシリーズ第二作である。美希が仕事中に出会った少し不思議な出来事を、父が本に関する卓越した知識を活かしながら解き明かす、というのがこのシリーズの形だ。

 知られざる文壇史が、見事な推理によって明らかになるのが本書の醍醐味である。「水源地はどこか」では松本清張の短編「春の血」に寄せられた評論家の批判が端緒となり、謎解きが進行していく。推理小説専門誌に載った僅かな一文から次々と資料を辿り、真実を浮かび上がらせる過程がスリリングである。

「『100万回生きたねこ』は絶望の書か」は、有名絵本に対する意外な感想を巡り、美希と父が論を交わす。本の知識だけではなく、「物語を読み批評する」姿勢そのものを問う一編だ。

 実在の小説や作家を題材にして謎解きに絡めていくタイプのミステリとして思い浮かぶのは、三上延〈ビブリア古書堂の事件手帖〉シリーズ(メディアワークス文庫)である。人付き合いが大変苦手だが本の話になると興奮する古書店の主人、栞子が探偵役の本作は、キャラクターの魅力を押し出すことで、ビブリオミステリというジャンルを広く人口に膾炙させた功績を持つ。

 本に関する博覧強記ぶりが武器となる探偵役が登場するミステリは数多い。ジョン・ダニング『死の蔵書』(宮脇孝雄訳、ハヤカワ・ミステリ文庫)の主人公、クリフ・ジェーンウェイは膨大な古書の知識を披露しながら目利きの古本掘り出し屋が殺害された事件を追う。梶山季之『せどり男爵数奇譚』(ちくま文庫)は、安く買った本を高く転売する“せどり”を生業にする主人公を描いた風変わりな連作集だ。

新潮社 週刊新潮
2021年11月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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