細かいところが気になりすぎて―ツッコミ中毒者の日々―
2023/06/16

いい気分でスタートしたのに不運続きな一日 銀シャリ橋本が語ったちょっと切ない体験

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人気お笑いコンビ・銀シャリ橋本直さんが文芸誌「波」で綴るのは、どうしてもツッコまずにはいられない、そんな“ツッコミ中毒”な日々。第8回のテーマは「えび天天の奇跡」です。相方・鰻和弘さんの4コマ漫画もあわせてお楽しみください。

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 今日は朝からラジオの仕事だ。めちゃくちゃ天気がいい上に、今日の仕事はこのラジオだけだ。仕事が丸一日休みの日よりも、朝から仕事をしてお昼過ぎには終わる日の方がベストかもしれないと最近思う。

 仕事があるから強制的に朝早く起きるので、昼過ぎまでダラダラすることもないし、前の日に夜更かしすることもない。仕事が終われば昼過ぎには自由の身。最高だ。有意義に一日を過ごしている感が半端ない。

 ラジオブース内で陽気に相方の鰻とトークを繰り広げる。3本まとめて収録したのに疲れはない。ニッポン放送を出ると、相変わらず天気が良くて、颯爽と歩き始める。この前テレビで見た立ち食い蕎麦屋さんへ行ってみよう。スマホで調べると「徒歩20分」と表示された。絶妙だ。遠すぎても疲れるし、近すぎても面白くない。

 街を軽快に歩いて、13時過ぎにお店に到着した。既にお昼のピークは少し過ぎたところのようだったが、それでも空席は2席くらいしかない。

 店に入るとすぐ左手に食券の販売機があった。迷う。初めて行くお店で、食券機でメニューを選ぶ場合、かなりの困難がともなう。ボタンに書かれた表示だけではわからないことが多すぎるからだ。迷いながら、店の外壁に貼られていた写真付きのメニューを見るために一旦外に出る。テレビで見て気になった「紅しょうが天」や「よもぎ天」がのっているうどんや蕎麦の写真は一切ない。パニックだ。一体どれを頼んだらいいのだ……。

 食券機のみに表示されているメニューなのか? と、再び店内に戻る。凝視しても紅しょうが天や、よもぎ天の表記がない。そうこうしている間にお客さんが2人ほど外で並び出した。オフィス街のお店だったので、「まずい、会社員の皆様のお忙しい中での貴重なお昼休みを妨げてはいけない!!」とかなり焦る。もうダメ元で押すしかないと、天ぷら蕎麦のボタンに指をかけたが、瞬間、外で見た写真のメニューが脳裏にチラつく。天ぷら蕎麦ってかき揚げやったよな、せめてえび天がいいなと、えび天蕎麦のボタンの方に人差し指をスライドさせる。と、そのえび天蕎麦の横の、えび天天蕎麦というのが視界に入る。なんや、これ? ようわからんけど、もうこっちいったれ! と、覚悟を決めてボタンを押す。このように思考を巡らせていても実際の時間は1秒にも満たない。人間ってすごい。

 えび天天。「テンテン」の響きでキョンシーを思い出した方は僕と同じ世代でしょう。こんにちは、松坂世代。えび天天の語感の構造は、きゃりーぱみゅぱみゅだけど。

「ピー」という音とともに落ちてきた食券を手に奥のカウンターへ進む。わ、わわわ! カウンター横のショーケースの中に赤と緑のでっかい円形のものが置かれていた。赤いきつねと緑のたぬきやん! 鮮やかなポルトガルの国旗でもあり、さながら時期外れのクリスマスにも見える。探し求めた紅しょうが天によもぎ天、かしわ天、いわし天、ちくわ天などところ狭しと並べられていた。

 しまった、ここにあったのか。そうだとしてもどんな頼み方をしたらよかったんだと思いながら、追加でトッピングをしようかなと迷っていたら、店員さんの声が耳に入ってくる。「えび天天蕎麦なんで、このショーケースの中から天ぷら一つ選べます。どれにしますか?」。マジで!? やった、やったよ、Ah~。「はじめてのチュウ」ばりの歓喜だ。こんにちは、キテレツ大百科世代。苦し紛れのえび天天が奇跡を呼んだのだ。二つ目の「天」は「もう一つ好きな天ぷらをチョイスできる天」で、まさに天からのおくりもの。

 今日はいい日だ。ツイてるね、ノッてるね。こういう日は概ね勝ちゲームになることが多い。一個選べる。紅しょうがかよもぎ天か……迷う。一瞬、追加料金を払い両方注文しようかと思ったが、そもそも平たくて丸い形状の天ぷらにおいて、二大巨頭のこの2種類が、一つのどんぶりの中に収まるわけがない。「この二つの円が重なり合うところの面積を求めよ」って問いやないねんから……。少しニヤつく。それに、えび天天の最初の天、えび天がすでにのせられているのでなおのこと入らない。迷いに迷って、よもぎ天の方をチョイスした。

 紅しょうが天を諦めたせいか、「えび天天」というネーミングに今度は腹が立ってきた。主演ぶりやがって、えびめ。「本日の出演者、えび天 ほか」やないねん! 今日の僕に限れば、「本日の出演者、よもぎ天と紅しょうが天」がベストやったのに。えび天め! いつまでも天ぷら界の王として君臨しやがって。確かに大好きではあるけれど、今日だけは、よもぎ紅しょうがペア、よも紅ペアが観たかった。バドミントンのペアみたいに言ってしまったが、この色鮮やかな最強のバディを生でお見かけしたかったのだ。

 瞬く間に用意されたえび天天蕎麦を空いている席へ運ぶ。どんぶりを上から眺める景色は最高だ。えび天とよもぎ天が蓋をして、もはや蕎麦は見えない。お出汁を吸い、奥底から蕎麦を手繰り上げてすすり、よもぎ天をかじる。カリカリとフニャフニャの間。これは「あいだ」ではなく「はざま」と読んでいただきたい。うまい! いい、実にいい! よもぎの香りが鼻腔をかけ抜ける。素晴らしい。ほのかに混ざりあう、えびの香りがいい仕事をしている。シャーロック・ホームズとワトソンばりのコンビネーションだ。
 
 
 
 腹ごしらえが完了し、店を出るとまた少し歩く。気分が乗ってきて、このまま家まで歩きたくなってきた。調べると、2時間10分と表示された。そんなもんでいけるんやと思いながらも、ご機嫌過ぎて調子に乗ってしまっていることにすぐ気がついた。「そんなもん」やあらへんがな。冷静に考えたらわかるがな。果てしないですやん。タクシーで帰ることにする。

 家の前でタクシーを降りた瞬間、ダウンジャケットやアウター系をクリーニングに出したままでまだ受け取りに行けてなかったことを思い出す。近くのクリーニング屋さんへ行くと、ドアの前に小さなボードがぶら下がっていた。「14時~15時休憩中」。スマホを見ると14時32分。休憩のド谷間だった。

 でも今日の僕は気分が乗っているんだ。はいはい、じゃあもう一つやっておきたいことあったんです、コインランドリーに行こうと思ってたんです、とすぐに切り替える。最近のコインランドリーは靴専用の洗濯機があって、それがかなり良いとロケで知ったのだが、雨でぬかるんだ道を走ったせいで汚れたランニングシューズを、それで洗いたかった。シューズのアウトソールが初めから茶色いデザインやったんかってくらい見事にべったりと付いた泥が落ちるか、試せるチャンスだと。もはやスキップしそうなくらいウキウキで、一度家へ戻ってから近くのコインランドリーへ向かった。

 ルンルン気分で到着すると、ガラスが透明なので入る前から薄々気がついてはいたが、信じたくなかったので近づいて、改めて自分の眼で確認する。この場合は「め」じゃなく「まなこ」と読んでいただきたい。入り口のすぐ左にある靴の洗濯機の前に一人のおじさんが立っていて、今まさに靴の洗濯機を使おうとしている。「嘘やろ?」という声をぐっと堪えた。コインランドリー内にはそのおじさん一人だけだし、いつもこの前の道を通っているけれど、靴の洗濯機を使っている人は一回も見たことがない。しかも手元を見れば、2足も洗おうとしている。

 自分勝手なのは百も承知だが、心の中で「なんで今日このタイミングで靴を洗濯したいねん、しかも2足!!」と言いがかりの極致のような叫びが脳内をこだました。自分も平日のお昼過ぎという、よくわからない時間に靴を洗濯しに来ているにもかかわらず。というか、そもそも靴を洗濯するのにふさわしい時間っていつだ?

 切ない。実に切ないが、さすがにこれは仕方がない。当たり前だが、このおじさんに何の罪もない。こうなるとなぜか、もう今日はクリーニングも取りに行かないぞという気持ちになる。謎の意固地が発動する。


漫画:銀シャリ・鰻和弘さん

 靴の洗濯を諦めて家に帰ると、録画していた番組が溜まっていたのでそれらを見て、夕方になったら番組用のアンケートを書いた。それも終わると、次の単独ライブの漫才のネタを作ろうと、パソコンを開く。普段はノートに書くのだが、久しぶりに過去の映像を見ようとデータが入っているファイルを開く。すると、実に心地良くない音とともに「データがありません」の表示。嘘やろ? どこを探してもない。ネットで調べた別のやり方も試すが、ない。何をやってもダメ。どうやらデータが破損してしまっているらしい。

 パソコンに詳しい後輩に見てもらったら、「確かにデータないですねぇ。僕これは初めてのパターンですね。こんなん見たことないです。こんなん強い衝撃とか与えない限り、なかなかならないかと……」。語尾を「かと……」で終わるのやめてや!! もちろん強い衝撃なんて与えていないし、高い場所から落とした記憶もない。

 とりあえずもうどうしようもないので、急いで駆けつけてくれたお礼に後輩を誘って焼肉屋へ向かった。初めて行くお店だ。席に案内され着席した後、店員さんが一旦奥に戻りメニューを持って来てくれた。そして、衝撃の一言。「今日もうほとんどの食材売り切れちゃっててないんですが……何にしましょう?」。

 え! ほとんどない? 何にしましょうって言われても、何を頼んでも「ないです」「ないです」の連発を食らうだけなのは目に見えている。あるものはどれかを尋ねようとした瞬間、僕の声に重ねるように「肉はほとんどないですねぇ」。肉がほとんどない焼肉屋は、もはや焼屋さん。焼くという行為を楽しむ新しいエンターテインメント。それはほぼ焚き火だろう。

 僕は丁重に「あ~っと、えーじゃあまた今度にしときますね、今度は早めに来るようにしますね、申し訳ございません!」と断り、そそくさと店を出た。案内前に言うといてよ~お互いのためにも~と思うが、グッと飲み込む。
 
 
 
 えび天天の奇跡から一転、クリーニングの悲劇、コインランドリーの悪夢、パソコンデータ破損の絶望、焼肉屋の終焉。今日の運は1勝4敗だ。こんな逆転パターンある? ただただ切ない。

(銀シャリ橋本直さんのエッセイの連載は毎月第3金曜日にブックバンで公開。橋本さんの“ツッコミ中毒”な日々が綴られます)

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橋本直(はしもと・なお)
1980年生まれ。兵庫県出身。関西学院大学経済学部を卒業後、2005年に鰻和弘とお笑いコンビ「銀シャリ」を結成し、2016年に「M-1グランプリ」で優勝。現在はテレビやラジオ、劇場を中心に活躍し、幅広い世代から人気を得ている。

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