細かいところが気になりすぎて―ツッコミ中毒者の日々―
2023/10/20

Wi-Fiのパスワードが見つからない、どうしても消せない照明など…ホテルの謎解きが厄介過ぎる件 銀シャリ橋本が語る

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 人気お笑いコンビ・銀シャリ橋本直さんが文芸誌「波」で綴るのは、どうしてもツッコまずにはいられない、そんな“ツッコミ中毒”な日々。第12回のテーマは「ホテルの部屋で」です。相方・鰻和弘さんの4コマ漫画もあわせてお楽しみください

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 仕事柄、全国津々浦々でお仕事をさせていただくのでホテルに泊まる機会が多い。5日間くらい家に帰れないなんてことはザラにあって、一体僕は何に家賃を払っているんだろうと、切なくなることさえある。そんな家の代わりとも言えるホテルについては、思うところというか、気になるポイントがたくさんある。

 最近はどこのホテルも専らカードキーで、しかもカードには部屋番号が記されていないものも多く、ホテルの自分の部屋に着いてすぐに軽い気持ちでコンビニに出かけると大変なことになる。帰ってきた時に、ほぼ確実に自分の部屋を見失うのだ。

 カードキーをフロントで渡された瞬間、部屋番号を覚えようとする強い気持ちが必要だ。番号が、802とか503ならラッキーで、馴染みの深い大阪のFMラジオであり、かの有名なジーンズの型番だからだ。551ときたらもっとラッキー、「蓬莱」の豚まんの匂いまでしてくる。

 けれどこれが4桁となると、もはやお手上げで、覚える気力も湧かない。自分の誕生日ならそれは奇跡の大ラッキーだが、そんなことに大ラッキーは使いたくない気もする。なので、最近はフロントで渡される部屋番号が書かれている紙か、部屋の扉の外の番号をすぐに写真に撮るようにしている。

 古いホテルの場合、テトリスに出てくる一直線の長い棒の、クリスタルバージョンみたいなものに短い鎖で鍵が繋がれていることもあって、懐かしくてほっこりする。

 ただ、カードキーを差し込むがごとく、部屋に入ってこの長い棒ごと縦に差し込むと部屋の照明がオンになる時に、「この鍵でそのスタンスとってくな」と思うこともある。
 
 
 
 これは共感してくれる人も多いと思うが、部屋の冷蔵庫がまったく見当たらない時がある。インテリアをウッドテイストで統一し、スマートかつエレガントにしすぎているせいだ。

「冷蔵庫どこやねん!?」と焦りながら、木目調の家具やテレビ台の扉をパタパタと開け、何なら絶対にちがうと分かりつつも引き出しもひっぱって探ると、「いや、ここ開くんかい!」と、突如として白い冷蔵庫が顔を出す時は、妙に腹が立ってしまう。「徳川埋蔵金みたいな顔すな! 銀行の金庫の隠し扉ぶりやがって」。ツッコミというか悪態が止まらない。

 しかも、冷蔵庫を開けたら開けたで、「冷凍庫のスペース狭っ!!!」と思わず口に出ることも多い。カップのアイスすら入らない。棒アイスしか侵入するスペースがないそれは、もはやミッション・インポッシブルだ。

 たまに冷凍庫のスペースが気持ち広めなときに、缶のハイボールをキンキンに冷やしたくて、少しだけ冷凍庫に入れておこうとしたら霜で缶が「スーン」と滑り、奥から下に落下してしまう。冷凍マグロみたいに……。やはり切ない。

 冷蔵庫に飲み物を入れ、シャワーを浴びてから飲もうとすると、全然冷えていないこともある。よくよく見てみると、そもそも電源が入っておらず、「ご使用時は冷蔵庫の電源をオンにしてください」と小さく書かれている。「いや、わかるか~! オンにしてもオフにしても、スイッチのオレンジの電飾薄めやがな! 省エネ大事なんわかるけど、これは気づかんて!」

 一人ブツブツ言いながら、しぶしぶ電源をオンにする。
 
 
 
 今や冷蔵庫と同じくらいすぐに探してしまうのは、Wi-Fiのパスワードだ。地方ロケのあと、ビール片手にタブレットでNetflixやAmazonプライム、YouTubeなどを見るのが、最近の楽しみの一つだ。だが、このパスワードというのも、ホテルから放たれる刺客の一つだ。

「どこに書いてんのや?」

 部屋に入ってすぐ、パスワードの大捜索が始まる。

 書かれている可能性の高い、カードキーが収められていた簡易な紙のケース。書いていない。デスクの上に置かれた、黒革の厚めのブックタイプのホテル案内に目を通す。書いていない。テレビをつけると最初に映るホテルの案内画面に表示されていることも多い。書かれていない。

 僕の信条として、ホテルの方になるべく迷惑をかけたくない気持ちが強い。一度だけ、いくら探しても見つからないことがあり、申し訳ないと思いながら、フロントに電話をしたことがある。謎の敗北感を抱きながら、

「Wi-Fiのパスワードってどこに書いてますでしょうか?」

「今お電話されている電話機に書かれております」

 電話機に!? 視線を下に向けると、確かに、電話機自体にパスワードが貼られていた。これは僕の圧倒的な敗北だ。心なしか、電話口の向こうから、ホテルの人のしてやったり感が伝わる。

「やはりあなたも他の愚かな刑事達と同じですね、ガッカリですよ」みたいな、謎の怪盗紳士感が醸し出されている。

 そんなふうに、必死の思いで手に入れたパスワードなのに、入力しても全然Wi-Fiに繋がらない時がある。アルファベットに間違いがないか、大文字小文字はしっかり合っているか、何度も何度も確認して、慎重に入力する。それでも繋がらない。

 あまりにも繋がらないので諦めたあるホテルでは、翌朝、帰り支度のためデスク周りを片付けていたら、デスクの電気のスイッチの横に、Wi-Fiの電波を入れるスイッチがあった。

「な、な、なんじゃこりゃー!!!」

 一人なのに大げさにリアクションしてしまったのは、僕が芸人だからではない。百歩譲って冷蔵庫の電源オフは電気代の節約だとわかるけれど、Wi-Fiの電波の節約など、あるのだろうか? いくらなんでも、これは気がつかない。やられた。絶望をひっさげて部屋を後にする。
 
 
 
 いざ寝ようとした時に電気のスイッチが多すぎる部屋もあって、どれがどこの明かりに対応しているか全くわからないことがある。とりあえず全部押してみて、なんとなく把握するパターンが多い。

 この前は、部屋の真ん中の、ベッドの真上にあるメインの電気のスイッチが、どこを探しても見つからなかった。かなり探したけれど、本当に見つからない。この上ない屈辱と、またしても謎の敗北感。

 諦めてそのまま寝ようとしたが、さすがに明る過ぎて眠れず、泣く泣くフロントに電話をして尋ねると、

「今かけていただいてるお客様の電話機の……」

「電話機の!?」

 まさかのデジャブだ。

「……置かれている真下の引き出しの、取っ手と思われる装飾の真ん中に小さい黒い点があると思うんですが……」

「あ、あります、あります」

「それです」

 それですやあらへんがな!! 心の中で会心のツッコミをしてしまっていた。スパイ映画とかで傘や鞄がいきなり銃になるやつやん! そもそも「取っ手と思われる」って言うてもうてるやん。もうそれは罠やん。

 電気を消すスイッチを「取っ手と思わせ」んといて欲しい。そして黒い点が小さすぎる。さらに言うなら、突起してなさすぎる。埋め込まれ過ぎている……!
 
 
 


漫画:銀シャリ・鰻和弘さん

 ベッドのシーツは大凧で空を飛んでる忍者くらい体の自由がきかないレベルでサイドにびっちりと食い込んでいるし、枕が多過ぎてどれを使ったらいいかわからないし、使わない枕は邪魔だし。最近は環境に配慮してか、アメニティは部屋には置かれずフロントで必要な人だけ取るようになっているのをうっかり忘れて歯ブラシもらうの忘れがちだし。空気を入れ替えようと窓を開けたらコンクリートがかなり間近に見えるだけだし、紙のスリッパになかなか足が入らなくて亀みたいに裏返った挙句なかなか表側に戻ってくれず全然履けないし、ゴミ箱が小さ過ぎてペットボトル一本で満杯になってしまうし、プッシュタイプのハンドソープじゃなくてクッキーみたいなサイズの固形石けんだから泡立つまで時間かかるし、古くて設備もガタがきているホテルなのにドライヤーだけパナソニックのナノイーの最新だし……。
 
 
 
 それでもホテルが大好きだ。

 子供の頃からずっとある、家ではないところに泊まれるあの特別感、旅行している感、今日はどんなホテルなんだろうというワクワク感。これらのトキメキは、たとえ仕事で泊まろうとも変わることはない。

 このエッセイも大阪のミナミのホテルで書いている。

 このあと最上階にある大浴場へ行こうと思う。テレビのスイッチを入れ、ホテルの案内画面をよく見ると大浴場の混雑状況を知らせるボタンがある。リモコンでそれを押すと「とても空いている」と表示された。

「めっちゃ便利やん! そしてラッキー!!!」

 書き終わったので、早速お風呂に行ってきます。これからも僕は変わらずホテルのお世話になり続けるのだ。

(銀シャリ橋本直さんのエッセイの連載は毎月第3金曜日にブックバンで公開。橋本さんの“ツッコミ中毒”な日々が綴られます)

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橋本直(はしもと・なお)
1980年生まれ。兵庫県出身。関西学院大学経済学部を卒業後、2005年に鰻和弘とお笑いコンビ「銀シャリ」を結成し、2016年に「M-1グランプリ」で優勝。現在はテレビやラジオ、劇場を中心に活躍し、幅広い世代から人気を得ている。

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