細かいところが気になりすぎて―ツッコミ中毒者の日々―
2023/11/17

人生で一番緊張したのは結婚式のスピーチ…銀シャリ橋本が芸人とは思えない弱メンタルぶりを語る

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人気お笑いコンビ・銀シャリ橋本直さんが文芸誌「波」で綴るのは、どうしてもツッコまずにはいられない、そんな“ツッコミ中毒”な日々。第13回のテーマは「緊張するとき」です。相方・鰻和弘さんの4コマ漫画もあわせてお楽しみください。

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 今からお伝えすることには絶対に「嘘つけ! そんなわけないやろ!」とすぐにツッコまないと約束してください。では発表します、いきますよ。僕は人前に立つのが、目立つのが、めちゃくちゃ苦手だ。

 はい、聞こえてます! めちゃくちゃキレイに「嘘つけ! そんなわけないやろ!」のシュプレヒコールが。でも本当に人前が苦手なのだ。それでよく漫才師ができているなぁと思われるかもしれないが、こればっかりは本当なので信じていただきたい。

 確かに漫才はやっていてとても楽しいし、ウケればウケるほどさらに乗ってくるし、その場で思いついたこともガンガン喋れるし、最高に気持ちのいい現場だ。おそらく麻痺しているというか、もうそこには恥ずかしいとかが、全然ないのだと思う。

 吉本の劇場の総本山といってもいい、なんばグランド花月の座席数はおよそ850席ある。こんなにも大勢のお客様からの熱い視線を浴びて、漫才をする度に極度の緊張状態になっていると、脳にも身体にも強いストレスがかかり正気を保てないかもしれないという防衛本能から、体がそのように変化したのかもしれない。ある種、羞恥心の回路が遮断されているのだろう。舞台とは僕にとって、羞恥心Wi-Fiが届かなくなっている地下的なもので、要するに芸人としての魔法がかかっているのだ。とはいっても、初舞台が緊張で震えて何もできなかったとか、セリフが飛んだとかの記憶はないので、おそらく根性は据わっている方なのだろう。だが、もう一度言っておくと、根性が据わっているからといって人前が得意なわけでは全くない。それとこれとはあくまで別なのだ。

 幼少期を思い返してみても学級委員になど立候補できるわけもなく、中学でクラスのみんなの持ち回りで朝の挨拶がてら少しスピーチをしないといけない時は地獄だった。自分の日が近づくと憂鬱で仕方なく、前日にはなかなか寝られないくらい嫌だった。

 人数に関係なく、注目される中で喋らないといけないあのプレッシャーはなんなのだろうか。暗がりの中、獲物を狙うが如く野獣が目を光らせてるかのような、眼光鋭い視線を感じ過ぎてしまうのだ。

 でもよくよく考えたら、そもそも人前が得意な人などいないのではないか。得意な人の方が稀有な存在で、とはいえやはり、芸能人は元来得意な人の方が多めな気がする。
 
 
 
 逆の立場になり、僕がお客さんとして漫才や演劇を観に行った時は、客席に話しかけてくる、俗に言う「客いじり」みたいなものには非常に緊張してしまう。ただただ笑うことを楽しみに来たのに、突如当事者感というか、舞台側に引き寄せられた感じがして「自分が当てられたりしたらどうしよう」と舞台に集中できなくなってしまう。

 マジックショーで「じゃあ、そこのあなた、何か好きな数字を……」くらいでも、もう頭が真っ白になる。「そちら側の求めているものに対して、今から発する答えは水準をクリアしているだろうか」とまで考えてしまい、全然楽しめない。頼むからこちら側に話しかけないでくれ、と思ってしまう。

 ただ、僕があちら側にいる時、舞台で漫才をしている時は、お客さんにどんどん話しかける。僕が客席にいたら、銀シャリは嫌いな漫才師になるのかもしれない。

 コンサートも、めちゃくちゃ緊張する。もちろん出る側ではないし、そもそも「コンサート」って今はあんまり言わないのか。「音楽ライブ」ですかね?

 コンサート中にアーティストの方が客席側に言葉を投げかけてくれる時、嬉しいのだけれど、それが後半盛り上がってヒートアップしてくると……ララララララララ~的なところで「みんな一緒に~!」了解です。「もっと大きな声で」了解です。「みんなで肩組もうぜ!」えー!!!! ハードルが上がりすぎている。でもお客さん全員が盛り上がっているし、周りの人も肩を組み出しているし……。僕が恥ずかしがっていたら両隣の人も逆に気を使うかもしれないし、大好きなアーティストのお願いなのだからファンは一致団結しましょうよ、という暗黙の了解で肩を組まなければならない謎のプレッシャー。しかも隣の方が女性の場合、「わたくしのような者が肩を組んで大丈夫ですか? 熱気を帯びているから結構汗かいているかもしれませんが……」みたいな。音楽に没頭していたはずなのに、一瞬で自意識が膨れ上がってしまう。
 
 
 
 これまで人前で喋る仕事のなかで抜群に震えたのは、阪神タイガースの応援で甲子園の真ん中に立ち、マイクを持った時だ。これぞ人前というか、選手がプレーをする神聖な場所で、しかも約5万人の観客の前で喋る機会など、この仕事をしていても滅多にない。緊張のあまり一刻も早くその場から逃げ去りたい気持ちでいっぱいだった。

 同じ甲子園でも、中学生の時にタッチフットボールという競技の全国大会の決勝戦をプレーしたことがあるのだが、その時は全然緊張しなかった。きっと「やる方」は別なのだろう。チームスポーツだから、観客の視線が分散されている感じも良かったんだと思う。そもそも客席はほとんど身内しかいない状態だったことも大きい。

 他にもサッカーのセレッソ大阪のスタジアムDJのお仕事をした時も震えた。

 巨大なスタジアムに自分の声が響き渡ることを想像しただけで、震えるような緊張に襲われた。その日の試合のスタメン発表はいつも通りプロのDJの方がされ、サブメンバーの発表を僕が担当することになったのだが、「噛んだら終わり」というプレッシャーで、ほとんど押しつぶされそうだった。選手の名前を噛んだり、ましてや間違えたりしたら終わるぞ、と。サポーターの大ブーイングを浴びるかもしれない恐怖といったらない。声だけなのに緊張するというか、声だけだから緊張したのかもしれない。貴重な経験だ。
 
 
 


漫画:銀シャリ・鰻和弘さん

 そんな中、人生で一番緊張したのは、間違いなく親友の結婚式での友人代表スピーチだ。芸人になって3年目くらいだったと思う。めちゃくちゃ仲の良い友達だったので、親友と呼ぶのはむしろ恥ずかしいのだが、本当に大事な友達なのでスピーチを頼まれた時はとても嬉しかった。僕でいいのか? という思いもありはしたが、「ぜひ橋本にお願いしたい」ということだったので、快く引き受けたものの、帰宅してふと冷静になると、これはとんでもない大役を引き受けてしまったと焦った。

 その親友は大手の銀行に勤めていて、会社の偉いさんみたいな人もたくさん来るらしい。芸人3年目で、社会人経験などもちろんない僕は、スーツ一つとってもちゃんとしたものを持っていない。そんな世間知らずが、銀行のお偉いさんがたくさん見ている中で、親友の顔に泥を塗ることなくこの大事なミッションを無事に成功させることができるのか? 自信は全くなかった。やってしまった。でも今更、断るわけにもいかない。必死でスピーチの文言を考えた。

 結婚式前日の夜中まで考え、いざ会場へ。出されたフレンチのコースの味が全く入ってこない。若手芸人からしたら最高のご馳走なのに。そしていざスピーチへ。何かに書いてそれを読むという手もあったが、なぜかしっかり覚える方を選んでしまった。ビシッとしたスーツの大人達はグラスをテーブルに置き、ゆっくりと振り返り、僕の方に熱い視線を向けてくる。半端ない大人の数。銀行ってすごい。「そのまま飲んどいてください、こっちに目を向けなくてもいいです。なんなら無視してもらってもいいくらいです」と心の中で呟くも、緊張はピーク。漂う厳かな空気。ヤバい。簡単に自己紹介したものの、昨日必死に考えて覚えた文言が全く出てこない。頭真っ白。結婚式だけに頭純白。いやいや、何も出てこない。なんやったら少しウィットに富んだ、笑いもちゃんときいた文言を一生懸命考えたのに……。

 最悪や。「昨日夜中まで考えたんですが、全部忘れてしまいました」と正直に伝え、それで笑いを取るというなんとも切ない最後の手段しか出てこなかった。それすらもよく言えた方だと思うくらいの、頭真っ白具合だった。

 奥の手に頼るしかなかったものの、その後は少しだけスラスラと親友への想いを喋ることができた。事前に用意した文言よりも、親友の顔を見ながらその場で湧いたおめでとうの気持ちを伝えることができた。土壇場でなかなかやれる男だ、俺は。

 ……誰も慰めてくれなかったから、自分で慰めながら席に戻った。漫才師ではない時の素の橋本は、めっぽう人前に弱い。でも、だからいっそう、漫才師という仕事を楽しめているのかもしれない。

(銀シャリ橋本直さんのエッセイの連載は毎月第3金曜日にブックバンで公開。橋本さんの“ツッコミ中毒”な日々が綴られます)

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橋本直(はしもと・なお)
1980年生まれ。兵庫県出身。関西学院大学経済学部を卒業後、2005年に鰻和弘とお笑いコンビ「銀シャリ」を結成し、2016年に「M-1グランプリ」で優勝。現在はテレビやラジオ、劇場を中心に活躍し、幅広い世代から人気を得ている。

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