リクライニングは絶対倒さない 飛行機で気を使いすぎる銀シャリ橋本のこだわりとは
人気お笑いコンビ・銀シャリ橋本直さんが文芸誌「波」で綴るのは、どうしてもツッコまずにはいられない、そんな“ツッコミ中毒”な日々。第2回のテーマは「飛行機」です。相方・鰻和弘さんの4コマ漫画もあわせてお楽しみください
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仕事柄、移動で飛行機に乗る機会がしばしばある。
極まれに、国内線で普通席よりちょっとだけいい席を用意していただくことがあるのだが、ありがたいと思いつつ、いつも少し緊張してしまう。
まず、席に着くとCAさんが丁寧に挨拶してくださる。
「いや、自分の力で勝ち取った席ではございませんので……。あくまで仕事で……」と、必要以上に恐縮してしまう。
座席の前に置かれている、ビニールで包装されたスリッパに履き替えるかどうかもいつも迷う。
「1時間くらいの移動なのに、あいつ靴脱いでまでくつろぎたいねんなとか思われてへんやろか」みたいな。
しかも、ご丁寧に靴べらまでついている。靴べらが必要な靴なんて、日常生活で履いたことがない。
離陸してしばらくすると始まる、飲み物のサービス。これもまた緊張する。
ベルト着用サインが消え、ワゴンが前方から動き始める。すぐに眠るつもりだったので目は瞑っているが、まだこのタイミングでは寝られていない。「飲み物は何にされますか?」という声がどんどん近づいてくる。このまま寝たふりをしておくべきか、それとも起きて飲み物をオーダーするべきか。ただ、直前で目を覚ますのはあざとくはないか。
結果、たまたま近づいて来た声で仕方なく起きてしまった奴、を演じる羽目になる。目をこすりながら、抑えたあくびもしてみせる。下手すぎる、そして絶対にバレている。
コーヒーにするか? いや、さっきまで寝ようとしていた人間がコーヒーを飲むか? と考え過ぎてより恥ずかしくなる。それとも、あの美味し過ぎるコンソメスープにするか? いや、さっきまで寝ようとしていた人間が熱々のコンソメスープを飲むか……?
ワゴンが近づく2、3分の間で僕が出した結論は、リンゴジュース。誰がどう見ても、無駄過ぎる思考を巡らせてしまった。飲み物一杯を最大限しっかりと享受しようとする自分のいやしさも情けない。
そんな僕だが、搭乗してすぐに眠りこけてしまう時もある。着陸前にふと目を覚ますと、前の座席の背面に、「お目覚めですか?」というピンク色のミニチラシみたいなものが貼られていたことがあった。42年生きていて、「お目覚めですか?」と声をかけられたことなどただの一度もないから、一瞬意味が分からなかった。超能力で世界を牛耳ろうとする秘密結社の勧誘のようで、怖い。
よくよく見ると、「お飲み物などのご要望がございましたら乗務員までお知らせください」と書かれている。ピンク色というのが、緊急事態感を醸し出していて、より怖い。
こんな張り紙をわざわざしなければならないのは、
「わしが寝てる間にドリンクサービス飛ばされとるやないかい! はよ、わしのドリンク持ってこんかーい!!」
と、悪態をついた方がいたからだろう。1人のクレーマーによってこのピンク張り紙が何枚もコピーされているかと思うと切なくなる。そしてこのピンク張り紙によって、「ドリンクに執着している感」が確実に僕から出ているのも恥ずかしい。
たまに出てくる機内食も、国内線の1時間ちょっとの移動に「無理しなくていいのに~」といつも思ってしまう。
旅行でならなおさらだ。せっかくなら目的地に着いてから、現地の名物を食べたい。そもそも、地に足つけて食事したい。
おそらく、忙しすぎるビジネスマンのため、なんだろう。国内を飛び回って会議や交渉をして、それが済んだらすぐに本社へトンボ返り。結局ご当地のものも食べる時間がなかったぞ、小腹が空いたどうしよう、ああ機内食助かる~という感じなのか。
こんなことを言いながらも、機内食が出されたら僕は絶対に食べる。めちゃくちゃ美味しいから、あれを断る勇気はまだない。
飛行機といえば、着陸態勢に入った時に「リクライニングを元の位置に戻してください」というアナウンスがある。過去に一度、リクライニングを少し倒して爆睡していたところ、起こされて、慌てて戻したことがあった。起こすという手間でCAさんのお手を煩わせるのも申し訳ないやら、妙に慌ててしまったのも恥ずかしいやらで、いつからかリクライニングを倒さなくなった。
その日もいつものごとく「リクライニングを元の位置に戻してください」とのアナウンスがあった。
自分には関係ないと余裕で優等生顔をしてたら、CAさんから遠慮がちに「お客様、リクライニングをお戻しください……」と言われた。
搭乗してから何も触っていないと自覚していたし、そもそも一番注意していたことだ。こんなに切ないことはない。
そして思わず、生まれも育ちも兵庫県の生粋の日本人にもかかわらず、肩をすくめ小さく両手を広げ、「これがファール?」「今のプレーでイエローカードは厳しすぎますよ~」と、審判に抗議する海外のサッカー選手のようなジェスチャーをしてしまった。「すいません!」とすぐにリクライニングを戻せばいいのに、「な、なにも最初から触ってなかったんですが、なんでやろ……」と、自分の正当性をアピールするかのように。
しかも、これが2回あったのだ。本当に何も触っていないつもりだから、到着した途端、相方の鰻に即座に報告してしまった。
「ほんまに倒してないねんで!」
と、僕もなんで必死に鰻にアピールしているのだろう。もちろん鰻は審判ではない。
そんな必死の形相の僕を横目に、鰻は、
「ていうか飛行機って乗るより操縦してみたいねん、今からパイロットの試験受けたくていろいろ調べてるねん、合格する確率ゼロじゃないからな」
と、興奮気味にはしゃいでいる。いつの間にか会話の主役が鰻に切り替わっている。
気が抜けた僕は、「いやいやゼロなのよ。そもそも漫才師が滑走すなよ、滑るが入っとるやないかい!」と、心の中でツッコみながら、飛行機を降りた。
(銀シャリ橋本直さんのエッセイの連載は毎月第3金曜日にブックバンで公開。橋本さんの“ツッコミ中毒”な日々が綴られます)
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橋本直(はしもと・なお)
1980年生まれ。兵庫県出身。関西学院大学経済学部を卒業後、2005年に鰻和弘とお笑いコンビ「銀シャリ」を結成し、2016年に「M-1グランプリ」で優勝。現在はテレビやラジオ、劇場を中心に活躍し、幅広い世代から人気を得ている。
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