細かいところが気になりすぎて―ツッコミ中毒者の日々―
2024/03/15

銀シャリがコンビで決めている寝坊対策とは?二人とも寝坊したときはアウトだが、実は病欠時の対応も万全

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人気お笑いコンビ・銀シャリ橋本直さんが文芸誌「波」で綴るのは、どうしてもツッコまずにはいられない、そんな“ツッコミ中毒”な日々。第17回のテーマは「漫才師」です。相方・鰻和弘さんの4コマ漫画もあわせてお楽しみください

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 漫才師という「二人でひとつ」みたいな仕事をしているおかげで僕はだいぶ助かっている。

 僕にとっての「相方」は、自分と同じ環境で目的も同じで仕事のポジションも全く同じで利害も一致している人――。そんな人が自分以外にもう一人いるなんて、かなり心強い。他の職業でここまで“ニコイチ”の仕事があるだろうか?

 刑事ドラマなんかでよく見るバディものでさえ、上司と部下という立場の違いがあったりするし、そもそもずっと同じ人とバディを組み続けるというのもあり得ない。『相棒』だって途中で変わる。ずっと組み合わせが変わらない『あぶない刑事』のタカとユージくらいの関係だろうか? ナオとカズヒロと書いてみても、自分らには全然しっくりこないけれど。

 このニコイチの関係性というのは、僕の性格にも合っている。

 というのは、芸能界の仕事は毎日同じ場所に行くことよりも、初めての現場に行くことの方が多い。どちらかというと人見知り寄りの僕は、鰻という知っている人間が一人いるだけでまず助かっている。それだけで落ち着く。心細くない。

 コロナ禍で普段コンビで一緒の楽屋が一人ずつになった時は、少し切ないくらいだった。相方と楽屋で雑談しながら本番までに自然と気持ちも滑舌もあたためて行く感じがあったので、最初は焦った。

 人見知り寄りな話で言えば、本番前に共演する方々の楽屋にご挨拶に行く時も、僕一人ではビビってドアをノックすらできない。相方はその辺、大いにガサツ寄りなので躊躇なくノックできる。鰻は、銀シャリの戦法であり先鋒であるのだ。時にイラッとさせられるガサツさも、この時ばかりは感謝だ。

 コンビでの仕事では、いざ番組が始まりその日の調子が悪くても、相方の調子が良ければ問題がない。個では突破できなくてもチームとして勝利できれば問題ない、という考えでいるので、コンビ仕事は気持ちが楽だ。もちろん、コンビでスベることもあるけれど。

 そう、ほとんどの芸人にとって、スベったときほど落ち込むことはないと思う。そして、スベったことが一度もない芸人などいない。

 もし万が一僕がピン芸人なら、ウケればもちろんその爆笑は独り占めできるし、その瞬間は最高に幸せだろうけれど、スベれば全ての責任が自分に降りかかる。考えるだけでブルブルと震えてくるし、想像しただけでそのプレッシャーに耐えられない。

 本当にピン芸人の方に対しては尊敬の気持ちしかない。スベったことを一瞬で忘れる能力がないと成り立たないんじゃないかと思っている。とんでもないタフさだ!

 切り替えの早さが大事なことは僕も重々理解しているつもりだが、ミスをしたりスベったりしたら結構長い間引きずってしまうタイプなので、コンビでよかったと改めて思う。
 
 
 
 タクシーで座る位置や楽屋での居場所など、コンビ間で自然と決まるルールがあるのだが、僕ら銀シャリは、朝起きて仕事に行く前に鰻が僕にLINEをすることになっている。僕たちは漫才の衣装が揃いの青いジャケットで、毎回同じもののように見えると思うが、実は7種類くらいある。だから、今日の仕事の青ジャケはどの青ジャケにするかそれが問題だ、なのだ。

「初代」「二代目」に始まり最新の「新ジャケ」まで、鰻からはその日の入り時間とともに合い言葉が送られてくる。「8時半 新ジャケ」のような感じだ。暗号のようでいて、緊迫感はゼロだ。

 そのあとも一応ルールには続きがあって、僕がちゃんと起きていて鰻からのLINEを確認できていれば、「!」を送ることになっている。既読がつくだけでは二度寝してる可能性があるからだ。そのうえで、ある程度時間が経過しても僕からの既読がつかない場合は、鰻から電話がかかってくるシステムにもなっている。金庫にお金を入れ、指紋認証式の鍵にして、セコムして、庭にドーベルマンを飼う、そんなレベルの安心セキュリティだ。

 逆に最初のLINEがそもそも鰻から来ていない場合は、僕が鰻に電話する。こうして、ほぼ100パーセント遅刻を未然に防げるシステムが構築できた(二人とも寝坊した場合のことは、どうか聞かないでください)。これもコンビで良かったところだ。

 とはいっても、僕らも40代に突入したせいか、目覚まし時計よりも前に起きてしまうことも増えている。

 それでも、イレギュラーでたまに原付で移動する鰻が事故渋滞に巻き込まれて入り時間に遅刻しそうになることがある。鰻から連絡を受けると僕は、出番の時間には間に合いそうな場合に限るのだが、到着するまでの間、鰻がまだ来ていないのをスタッフさんたちになんとか気づかれないようにマシンガントークを繰り広げ時間を稼ぐという、さながら刑事ドラマでよく見る、逆探知するために、犯人には悟られずに自然に会話を長引かせてくれ、という指示が出ている父親状態だ。

 それは逆もしかりで、運命共同体として、銀シャリとしてのマイナスイメージをなるべく少なくできるように協力し合っているのだ。お互いの助け合いでなんとか20年やってこられた。

 新幹線移動の際には寝過ごすことが何より怖いので、ここでもお互いの座席の位置を送り合う。離れた席に座ることも多くて、到着の5分前に起きていたら「起きてます」とどちらかが送れば、送られた方が「こちらも~」で返すか「!」で返すシステムだ。

 なにも反応がないと寝ているということなので、あらかじめ教えてもらっていた席に起こしに行く。二人ともちゃんと起きていることの方が多いが、このシステムが発動される場合は、鰻が起こされる確率の方がだいぶ高い。

 寝ているのは仕方ないとして、起こされた時に、寝ぼけているにもかかわらず、「あ!」とだけ言って平静を装うのはやめて欲しい。よだれ垂らしてるやん。もっと焦れや。そして「ありがとう、ごめん助かった」くらい言ってもいいはずだ。「助け甲斐」をより上げることも相方への配慮だろう。

 他にもどちらかが体調を崩して急遽仕事を休むことになってしまった時は、一人で舞台に立つこともある。これについては、僕が助けてもらっていることの方が多いかもしれない。どちらにせよ、相方も僕も一人で10分間できるネタを何個か持っている。
 
 
 
 人見知りに加えて、優柔不断な性格の僕としては、常に自分以外のもう一人の意見を聞けることも、とてもありがたい。

 選ぶことって結構ストレスで、どちらの選択肢でもいい場合もあれば、かなり悩む上に決断できない場合もある。

 その点コンビだと、2票入れば決定になるので、ストレス自体が確実に減る。意見が分かれて1対1になったらどうすんねんと思われるかもしれないが、そもそも一人だと1分の1票であり、その決断が正しいかどうか不安になることも多くて、意見が分かれたとしても話し合いで決断に到れることが、僕にとっては逆に楽なのだ。

 生々しい話をすれば、収入もだいたい同じくらいになるので、鰻が家を購入した際には、「あ! 俺も家買っていいんや、買えないこともないんか!」と思ったりした。といっても鰻さん、めちゃくちゃ長期のローンを組んでいますけど。相方の体験を疑似体験している感じだ。


漫画:銀シャリ・鰻和弘さん

 コンビの関係性によって異なると思うが、銀シャリに限って言えば、同じキャリアを積み、ほぼ同じ経験をしているので、仕事でぶち当たる壁も似ているし、乗り越えるべき試練も僕らは結構同じだ。マリオとルイージのような、双子のような、マナカナみたいな感じ。ナオカズの方が、ナオとカズヒロより、まだしっくりくるかもしれない。いずれにしても、自分以外に自分のような存在がまだもう一機ある感じというか……。このニュアンス、伝わるだろうか?

 だから、少し前に結婚してからも、スムーズにあまり違和感なく過ごせているのも、この漫才師という仕事、コンビの関係性ゆえな気がしている。

 ふと、もう実家の家族よりも長く、鰻と一緒にいると思うと変な感覚がする。しかも、これから一緒に生活していく妻と比べても、鰻が僕に関してもつアドバンテージはだいぶ大きいものがある。漫才の立ち位置的に僕は鰻の左側にいるので、自分の顔より鰻の顔の左半分の方がよほど長く見ているだろう。
 
 
 
 おばあちゃんの家に遊びに行って帰る時に必ずかけられる一言。

「ほんまに体にだけは気をつけてな」

 最近、そんなおばあちゃんの気持ちになってつくづく考える。「鰻よ、体にだけは気をつけてくれ」と。年をとると、こんなことを恥ずかしげもなく普通に言えるようになるものなのだ。

 鰻はよく海外旅行に行くので、そのたびに「どうか気をつけてな」と告げるし、原付で劇場に来る時も「くれぐれも気をつけてな」と思っている。

 でもこれも、鰻のためというより、一人だと大御所の芸能人の方の楽屋をノックできへんし、この年でわからへん常識なんかも他の人には恥ずかしくて訊かれへんし、腹が立った人への悪口も言われへんからや。寂しいとはたぶん違う。いや、寂しいだけか。

 鰻さん、僕が「もうええわ!」とツッコむまでは元気でいてください。

(銀シャリ橋本直さんのエッセイの連載は毎月第3金曜日にブックバンで公開。橋本さんの“ツッコミ中毒”な日々が綴られます)

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橋本直(はしもと・なお)
1980年生まれ。兵庫県出身。関西学院大学経済学部を卒業後、2005年に鰻和弘とお笑いコンビ「銀シャリ」を結成し、2016年に「M-1グランプリ」で優勝。現在はテレビやラジオ、劇場を中心に活躍し、幅広い世代から人気を得ている。

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