細かいところが気になりすぎて―ツッコミ中毒者の日々―
2023/07/21

めちゃくちゃうまかった京都のラーメン屋に再訪 「えっ!!!」と絶句した銀シャリ橋本が味わった予想外の食体験

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人気お笑いコンビ・銀シャリ橋本直さんが文芸誌「波」で綴るのは、どうしてもツッコまずにはいられない、そんな“ツッコミ中毒”な日々。第9回のテーマは「究極の塩ラーメン」です。相方・鰻和弘さんの4コマ漫画もあわせてお楽しみください

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 僕は毎食、毎食に情熱を注いでいる。

「昼飯、うどんでいいか」とか言ってしまっている人、いますよね? 「で、いいか」やなくて、「が、いいの」でないと話にならんやろ! と、強く主張したい。のっけからすみません。

 生きている限り、もちろんその日の忙しさ、場所、時間帯、誰と食べるか……など、複雑にシチュエーションは入り組むが、制約がある中でも「最高」に到達できるように、限界まで追い求めることが大事だ。妥協などという感情の入る隙間が1ミリもない程に一回一回の食事は大事だ。コンビニであろうが、チェーン店であろうが、高級店であろうが、昼飯であろうが、晩飯であろうが、関係ない。その瞬間ごとに最善の選択をするべきなのである。

 この持論ゆえ、先輩芸人である博多華丸・大吉の華丸さんに可愛がっていただいている。華丸さんも食事に妥協がなく、強い精神で毎食毎食に命をかけているといっても過言ではない。食との出会いは人との出会いと一緒で一期一会、今日しか食べられないものがある。愛を持ってありがたくこの奇跡をいただくのだと、あの大きな目から放たれる食事への眼力はハンパない。

 同じく先輩芸人のこがけんさんも元料理人だけあって、これまた食事に一切の妥協を許さない。美味しいものを食べるということにかけてはもはやトレジャーハンター並みの嗅覚で、情報網もすごく、僕が美味しかったと話した店でこがけんさんが知らなかったことはないのではないかというくらいの食通だ。

 この前、劇場の楽屋で食べ物の話で盛り上がり、最後の方は白和えの話になった。「白和えは何の白和えがベストなのか」という議題を自らあげ、最終的に「柿じゃない?」と自ら答えていた。出題者が解答するという仰天のセルフクイズ王だ。
 
 
 
 さてそんな僕なので、営業で行った先で、地元の名店を訪れるのがこの上ない楽しみだ。地方公演の場合、一日2回公演のことが多く、1回目と2回目の間が結構空く。ここが昼飯チャンスとなるのだ。この昼飯チャンスを楽しみに1回目の漫才に臨む。

 この1回目と2回目の間を、外に出かけることなく楽屋でゆっくりされる芸人さんが意外と多いが、僕は楽屋に用意されているお弁当にはぐっと堪えて手をつけず、一人で外に出て美味しそうな店を探す。なんだったら、行きのワゴン車の中でもう何軒か目星はつけている。昼飯チャンスには、皆既日食やしし座流星群クラスのチャンスだと思って毎回臨んでいる。

 華丸さんには「俺と仕事が一緒の時は絶対に飯に行くと思っておけよ」と常々言われている。前日に明日の営業はどなたと一緒だろうと調べて、華丸さん、こがけんさんが入っていたら、心の中で「やったー!!」と叫んでいる。遠足の前日みたいにワクワクして眠れない。もはや、先輩後輩の枠を超えて、食を異常に愛する「同志」だと僭越ながら思っている。もちろん、お二人からするとまだまだ未熟者の僕だが、日々精進に励んでいるのだ。
 
 
 
 先日、京都での劇場の合間に昼飯散歩に出かけた。これは僕の大好きな時間で、京都で劇場に出る時、合間に別の仕事が入ることはまずない。大阪の劇場、例えば「なんばグランド花月」だとすると、合間にすぐ向かいにある「漫才劇場」の出番が入ったり、番組の打ち合わせが入ったり、はたまたテレビの収録が入ったりなんてこともあるので、なかなかゆっくりできない。

 それが、京都の劇場であれば合間にゆっくりできる。しかも近くには鴨川があって、風情がある景色に癒される。

 さぁ、昼飯タイムだ。

 行きつけのラーメン屋さん、カレー屋さんなど、行きたい「行きつけ」はたくさんあるのだが、この日はいつも散歩する方角とは逆方向に歩いてみることにした。新しいラーメン屋さんにチャレンジしようと思い、いろいろ携帯で探してみた。

 すると僕が大学生の頃、かれこれ20年くらい前に友達が車の免許を取ったということで京都にドライブしに行った際訪れた塩ラーメン屋さんが、携帯の検索結果の数あるラーメン屋さんの中に紛れていた。

 うわ!! 懐かしい!! たまらん!! めちゃくちゃうまかったん、覚えてるわ。あん時の舌、蘇ってきたで~……。画像をポチッとタップしたら、画面いっぱいに広がるあの塩ラーメン。そうそうこれやこれや! えげつないヴィジュアルしてるやん、たまらんなぁ~。そう思った時には、もう口内が唾液で溢れていた。口から垂れれば、それはただのよだれだ。

 年齢のせいもあるのか、最近は豚骨や、鶏白湯といったコッテリ系スープを卒業しだしていて、自分の中では空前の塩ラーメンブームが到来していたのだ。一番素材の味がしっかり生きてごまかしのきかないスープ、それがまさに塩ラーメンじゃないかと。シンプルイズベストな魅力。まさに渡りに船。もうここ行くしかないやん!

 携帯のマップのナビに従い、どんどんお店に近づいていく。見覚えのある景色に高鳴る鼓動、蘇る記憶、車運転してくれたあいつ元気してるかなぁ……と思いを馳せていたら、あっという間に到着した。店内はお昼のピークの時間を過ぎたにも拘らず満席に近い。

 壁のメニューも見たが、ここは迷わず20年前も食べたエースの塩ラーメンにライスセットでオーダー。

 着丼! 一回言ってみたかったセリフを思わず言っちゃうほどの興奮。たまらん、たまらん、これや、これ! はやる気持ちを抑え、まずはレンゲでスープを静かにすくいあげ、迎え入れ態勢万全のおちょぼ口で口内に吸い込む。え!!! 味がめちゃくちゃ薄い。

 そんなわけない、もう一口、もう一口と飲み進める。

 ヤバい!! アカン! アカン!! アカン!!! 宮川大輔さんの叫びがこだまする。が、脳内ですぐ「優しいお味で、しっかり出汁がきいていて、次々に食べ進めたくなりますね~」というコメントに切り替わる。ロケのしすぎだ。

 これはとどのつまり直訳すると「味薄すぎて、出汁きいててくれ~のもはや願望であり、すぐに次を食べ進めないと味が消えてしまう~」のことなのだ。「スープ全部飲み干せますね」は「飲み干さな味がやってこないから」であり、「これぞ塩ラーメン」は「これがたまにあるから塩ラーメンむずいねん」のことである。

 せっかく最近、塩ラーメンのことが好きになっていたのに、塩ラーメンブームが到来していたのに。最近、めちゃくちゃ塩ラーメンの良さがわかってきたって言いふらしてたのに。……また塩ラーメンに臆病になるで! どうしてくれるねん! 「また絶対、橋本にはいい塩ラーメンが現れるって」やないねん! 「橋本は悪くない、今回はたまたま変な塩ラーメンに引っかかっただけ」やないねん! 「またいつか白馬に乗った塩ラーメンが迎えに来てくれる」やないねん!

 この塩ラーメンなら、おかんが握るおにぎりの方が塩分摂取量で圧倒的に勝利してしまうんじゃないかなというくらいの薄さだ。嘘やろ嘘やろ……と焦り、何回も確認してしまうのでスープがどんどんなくなり、麺がどんどんと顔を覗かせてくる。麺の半身浴。

 というより、むしろ肩まで浸かりたくて深めにお湯をはった湯船で、あがる前に栓を抜いてどんどん水位が下がり、裸の自分があらわになっていく、あの風景といった方がおわかりいただけるだろうか? 今後、僕はお風呂の栓を抜く度に、この「塩ラーメン事変」を思い出してしまうだろう。

 そういえば、普段はラーメンにライスなんてつけない。今日は塩ラーメンをチョイスしたということ、20年ぶりというノスタルジックな感情、そして京都という土地に飲み込まれてしまったんだろう。米、ごめんな。今日相方の調子、悪そうやわ。

 塩ラーメンとライスの関係性について考えていたら、ふとカウンターの上に目がいく。何か味を濃くできるものはないか、くまなく探す。たまに替え玉用にラーメンタレがあったり、餃子のタレ用にラー油や醤油、お酢があったり、はたまたブラックペッパーとか、ニンニクとか、生姜とか、赤い醤的なやつとか……。だが、何もない。唯一、鳥取砂丘の砂くらい細かくサラサラタイプの胡椒だけが鎮座していた。

「お前に用はない」と、ケンシロウばりの低い声が脳内にこだまする。

「お前一人でどうにかなる相手ではなかろう、それはお前自身が一番よくわかっているはずだ」

 アカン、セリフが矢継ぎ早に出てくる。怒りというより、もはや嘆きに近くて、切ないといった感情が「塩ラーメン物語」の脚本を押し進める。作品を創るにあたって大事なのは、リアルな熱量ということが改めてよくわかる。脳内で脚本を書く筆が進む、進む。箸は全く進まないが。

 これはもはや塩ラーメンではなく、お湯ラーメンだ。温かいお湯、白湯に塩ひとつまみ入れただけ。例えばグルメ漫画の最終回。一周回って、達人が究極の料理とはこれだとか言いながらやってしまいがちな極致。白湯と書いて「さゆ」と読むが、白湯は「パイタン」とも読む。さゆラーメンはパイタンラーメンやないかい! 無駄なアハ体験。頭の中で味が濃くなってとろみが出ただけでは何の意味もない。

 昔、仲の良い後輩がペペロンチーノを頼んだところ全く味がしなくて、恐る恐る、勇気を出して店員さんに「すいません、大変申し訳ないんですが、味が全くしないんですけど……」と問うたところ、確認しますと厨房にかけて行ったかと思えばすぐに戻ってきて、「すいません! 塩振り忘れてたみたいです」と返答があったという話を思い出した。「塩がないなぁ」から、「しょうがないなぁ」とはならんやろ。お後がよろしいようで。


漫画:銀シャリ・鰻和弘さん

 脳内をぐるぐるとくだらない思考が巡る。それと同じ事態が今まさにここで起こっているのではないかと思うくらい、とにかく味が薄かった。僕も質問しそうになった。むしろ塩ダレを入れ忘れていた方がまだ救いはあるかもしれないが、カウンター越しにしっかりと調理過程が見える厨房なので、おそらくその可能性はゼロだ。

 ここで忘れないでおきたいのは、20年前は確実に美味しかった記憶があるということだ。思い出補正ではなく、それはそれは、本当に美味しかったのだ。

 例えるならば、中学生の頃、綺麗で可憐で大好きだったクラスのマドンナと、あの頃の面影ゼロで再会した感じか。それがテレビ番組の企画での再会だとしたら、気まずい空気が流れることこの上なしなシチュエーションだ。

 司会者の人からの「あの頃、橋本くんから好かれているってことは感じていましたか?」という問いに彼女が、「はい、めちゃくちゃ感じていました」と答えたところでもう興味がない。あの頃のテンションではもう喋れない。地獄のアフタートーク。

 何度も塩味を確かめたためか、ついにスープを飲み干してしまった。店主さんがこのどんぶりを見たら、きっと喜ばれるだろう。よっぽどうまかったんかなぁって……。

 あ! そういうことか! それで自分の出すラーメンの味に気づかなくなっている可能性があるぞ。薄い、飲み干す、薄い、飲み干す。逆に、「濃い、残る」だから、「薄い、飲み干す」になっていく。それで店主が、もっと薄くもっと薄くとなっていった可能性すらある。
 
 
 
 なんだかんだで完食し、歩いて劇場まで帰る。せっかくの昼飯チャンス、もっと濃いラーメンが食べたかったなぁと思いながらトボトボと歩いた。口の中が寂しい。切ない。

 漫才の出番を終え、楽屋で帰り支度をしている時も、口の中はさっぱりしたままだ。お昼にラーメンを食べたと思えないさっぱり具合だ。京都駅まで帰る道すがらも、なんだか口寂しい。胃もたれも全然していない。もう何口かすすりたい……。

 あれ……、もしかしてあの塩ラーメンのことが忘れられなくなっているのかもしれない。もう一回行きたいとすら思い始めている。冷たくされるとなお燃え上がってしまう、禁断の恋のような塩ラーメン。濃いラーメンではなかったが、恋ラーメンだったのかもしれない。むしろこれこそが究極の塩ラーメン。今度楽屋で会ったら、華丸さんとこがけんさんに報告しよう。

(銀シャリ橋本直さんのエッセイの連載は毎月第3金曜日にブックバンで公開。橋本さんの“ツッコミ中毒”な日々が綴られます)

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橋本直(はしもと・なお)
1980年生まれ。兵庫県出身。関西学院大学経済学部を卒業後、2005年に鰻和弘とお笑いコンビ「銀シャリ」を結成し、2016年に「M-1グランプリ」で優勝。現在はテレビやラジオ、劇場を中心に活躍し、幅広い世代から人気を得ている。

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