「笑顔の思い出がない」泣き虫で友達もできなかった……話すのが苦手だった銀シャリ橋本の青春時代
人気お笑いコンビ・銀シャリ橋本直さんが文芸誌「波」で綴るのは、どうしてもツッコまずにはいられない、そんな“ツッコミ中毒”な日々。第10回のテーマは「雄弁は銀シャリ」です。相方・鰻和弘さんの4コマ漫画もあわせてお楽しみください
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突然ですが、私、銀シャリ橋本は、よく喋るやつか喋らないやつかで言えば、皆さんはどちらのイメージをお持ちだろうか? おそらく、十中八九前者だろう。
自覚もあって、漫才のツッコミを担当している人の中でも特に言葉数が多い方だと思う。先輩方が「うるさいなぁ~、よ~そんだけ喋れんな~」と愛情を持ってツッコんでくださることも多い。先輩曰く、息をするように喋っているそうだ。
自分で喋っておいて途中でなにか違和感を抱いたのか、セルフでツッコんでいる時さえあるらしい。質問した後に、喋りながら自分でその答えを見つけ出してしまうこともしばしば。
舌の根の乾かぬうちにとはよく言う表現だが、舌の根がもうビショビショというか、潤いが半端ないのかもしれない。
最近では、漫才中に喋り過ぎるせいか、僕がボケだと思っている方もいるみたいだ。
この前もあるライブで、漫才の登場前にモニターに写し出された銀シャリを紹介するキャッチコピーは「ツッコミ過ぎればボケとなる」だった。相方の鰻と比べてもめちゃくちゃ喋っていると思う。鰻と僕の喋る割合が2対8くらいの時さえある。蕎麦なら一番好きな割合だ。
ただ、こんな僕も、昔からお喋りだったわけではない。むしろ全くと言っていいほど喋らない子供だった。超がつくほどの人見知り。おまけに恥ずかしがり屋。それでもってかなりの心配症。気軽に話しかけられるわけがない要素のトップスリーだ。
幼稚園の時には、クラスのガキ大将みたいなやつに意地悪されて、よく泣かされていた。僕は何も言い返せないタイプのやつだった。
もちろん怒りは込み上げるし、顔も真っ赤になる。でも吐き出し方がわからなくて気づけば涙が溢れていた。目から流れる液体で、自分の中の悔しさやなんとも言えない感情をなんとか吐き出していたのだろう。本当に泣き虫だった。
小学生になってもそのガキ大将と同じクラスだったので引き続きよく泣かされていた。先生には「相性悪すぎるから、席を積極的に離していきます」と、わざわざおかんが言われていたくらいだ。
だから、小学校低学年の時は、何かを喋っていた記憶がない。本当に全く思い出せないくらいに寡黙だった。
いや、良いように言い過ぎた。寡黙って響き、カッコええな。秒速で高倉健さん想起させるやん! 不器用さをカッコよさに昇華したスーパースターのように表現してしまい、大変申し訳ございません。
剣道や水泳などをおかんに無理やり習わされていたが、習い事となると違う学区からも生徒がたくさんやってくるわけで、自分の学校でもあまり喋らないやつが、違う学校の子たちと喋れるわけなんて当然なく、何の楽しみも感じられないままずっと習い事に通っていた。
競技自体にも興味がないし、習い事の醍醐味の一つ、「仲良しのお友達とお喋りできるから楽しい」みたいなものも皆無で、よく何年も通っていたなとつくづく思う。
ここまで書いてきて改めて気づいたが、笑顔の思い出の記憶がないぞ。ずっと曇りみたいな、なんか霧がかかっているイメージしかない。
これも小学生の時だったと思うが、バレンタインデーに、親同士が仲が良い近所の同級生の女の子にチョコレートをもらったが、無言で受け取ってしまった記憶がある。
おかんに「あんた、ちゃんとありがとう言いや!」と怒られた。ちゃうねん、おかんよ。アレは単純に言葉が出てこなかったのよ、恥ずかしすぎて。とにかく、稀にみる観月ありさもびっくりの、TOO SHY SHY BOY! だったのだ。
小学校高学年になるとようやく、気を許せるというか安心して楽しく喋れる友達が増えた気がする。それでも今のように超絶お喋りになったという感覚はない。あくまで仲間内の時だけ喋れるような子供だった。
中学受験で中高大とエスカレーター式の私立の学校に合格した。男子校ということもあり、そこは自分に合っていたと思う。女子の目がないのでモテようとかカッコつけようみたいな邪心が全くなくなるゆえに、のびのびできたからだ。個性豊かな人が集まっていて、でもその個性を認めてくれる寛容さもあった。
僕はタッチフットボール部というアメリカンフットボールの中学生版みたいな部活に入り、そこでもたくさん友達ができた。
駅まで歩く部活の帰り道が特に思い出深くて、芸能人の話、スポーツの話、ファッションの話、昨日見たテレビの話、ドラマ、お笑い、エロい話。あの頃は喋るテーマが日々てんこ盛りで、何がそんなに楽しいのかというくらいお腹を抱えてのたうち回るくらい笑っていた。初めてチームスポーツをやったことも、たくさん喋るきっかけになったと思う。
ただ、ここでエスカレーター式の罠が待っていた。
高校に上がると、県外からもたくさん受験して新しい生徒が入ってくるのだが、僕は早々に人見知りを発動し中学校の同級生たちとばかりつるんでいた。エスカレーター式あるあるなのだが、それがまずいことにその後も続いた。
高校は楽をしたかったのと、中学で頑張ったけれど自分の実力もわかったので、帰宅部の一択だった。これはこれで楽しかったのだが、部活で広がるはずの友達の輪は、中学生の頃の小さい輪のまま。大学でもサークルには入らず、バイトも長期休みに短期のバイトをしただけで、相変わらず友達の輪は拡大しなかった。
そんなこともあって、大学で急に現れた女子という存在に慌てた。喋れない、とにかく喋れない。中学高校と、女の子と全く喋ってないんだもの、当然だ。無理無理無理。赤いランドセルが急にブランドもののバッグに変わっていたよ……。思春期丸出しの自意識過剰だ。
それに加えて、大学では学部もたくさんあるので、中学校時代の友達の輪は一気にバラバラになった。大学時代が人生で一番喋っていなかったかもしれない。お笑い番組を観ていたか、サッカーを観ていたか、ゲームをしていたか。そんな記憶しかない。
本当に狭い世界で生きていた。身内だけ、自分のテリトリー内だけ。
学生時代の人との出会いがめちゃくちゃ大事だということに、この時は気がつけなかった。臆病な人間だった、僕。
ここまで読む限り、息をするように喋るタイプ、では全然ないと思われるだろう。でも実は、脳内でめちゃくちゃ喋っているのだ。自問自答が多すぎて、活字にしたら脳内でとんでもないくらいの量になる。
常にうるさいくらいに自分と自分で喋っていて、それを言葉に発するか発しないかだけで、結論を言えば僕はめちゃくちゃお喋りなのだ。自分で自分と漫才しているような気分になる時さえある。
なので一つお伝えしておくと、あなたの周りにいる無口な人、寡黙な人、物静かな人が、お喋りでないわけでは必ずしもない。むしろ言葉をたくさん発している人よりも饒舌で、かなりのお喋りである可能性すら高い。
芸人になってからの僕がそうであるように、脳内トークが何かの拍子で外に発するモードに切り替わってしまったら、きっとえげつないくらい溢れ出すだろう。
その「外に発するモード」への切り替えのスイッチを押すことができるのが、気の合う友達と呼べる関係なんだと思う。この人の前ではつい喋ってしまう、話を聞いて欲しくなってしまうというような。
芸人という仕事をしてしばらく経った時、この脳内で湧き上がるお喋りを外に発してもいいんだということに気がついた。ムカついたこと、これおかしいやろと思ったこと、些細なこと、自分しか引っかからないこと、失敗して悔やんだこと、悩んでいること……。それらが全て、僕の場合ツッコミとなって昇華される喜び。この世界に入り、外に発することができるようになって初めて、僕は自分がお喋りなんだと自覚した。
しかも、周りはみんな、お笑いが大好きでお笑いスキルの高い人達ばかりだから、取るに足らない話でも笑いに昇華してもらえる。芸人の先輩方のキャッチャーミットは、それはもうデカいのだ。こちらが大乱調なピッチングでも、全部ストライクにしてくれる猛者ばかりだ。
というわけで、もともと脳内ではお喋りではあったのだけれど、僕はいつの間にかお喋りな方々の中でも特にお喋りな人間、と認識されるようになった。でもまだまだ、マシンガントークというより水鉄砲トークくらいの勢いだが。
「雄弁は銀、沈黙は金」と言われますが、「雄弁は銀シャリ」でこれからもお喋りを続けていこうと思っている。
(銀シャリ橋本直さんのエッセイの連載は毎月第3金曜日にブックバンで公開。橋本さんの“ツッコミ中毒”な日々が綴られます)
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橋本直(はしもと・なお)
1980年生まれ。兵庫県出身。関西学院大学経済学部を卒業後、2005年に鰻和弘とお笑いコンビ「銀シャリ」を結成し、2016年に「M-1グランプリ」で優勝。現在はテレビやラジオ、劇場を中心に活躍し、幅広い世代から人気を得ている。
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