忘れ物に気づいたときの反応に思わず共感……銀シャリ橋本が語った一連の行動と心理状態
人気お笑いコンビ・銀シャリ橋本直さんが文芸誌「波」で綴るのは、どうしてもツッコまずにはいられない、そんな“ツッコミ中毒”な日々。第6回のテーマは「忘れ物」です。相方・鰻和弘さんの4コマ漫画もあわせてお楽しみください
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ここ数年、忘れ物をしたことがない。
小学生の頃は忘れ物をしないように全部の教科書をランドセルに入れっぱなしにしていた。「出し入れするから忘れるんや」。何かとんでもないことを発明したかのようにイキがっていた。
おかげで「今から山登るんか」くらいの重たさを毎日背負うことになるが、忘れ物をしてしまった時の心の重たさに比べれば平気で耐えることができた。
そもそも忘れ物をしない立派な人間になりたいというわけでは毛頭ない。忘れ物をした時の恥ずかしさ、報告しないといけない切なさ、なぜ忘れてしまったのかという自分への怒り、じゃあ一体今どこにあるのかという不安、途中でどこかに落としたのか? 失くしたのか? 見つからなかった時にはまた買わなければならないのかという嘆き、値段に換算してしまう嫌らしさ。
忘れ物に付随する感情のバリエーションが多すぎて、より深い負のスパイラルに陥る。それが本当に嫌なのだ。
忘れ物をした時、心のザワザワがクレッシェンドされていく。例えば携帯の充電器の場合……。充電器を使おうと、カバンを探る。
(1)あれ、いつも入れているカバンの前ポケットのところにないなぁ(まだ焦ってない)。
(2)はいはい、サイドポケットね。たまにこっちにも入れることあったしな(まだ余裕あり)。
(3)あれ、逆のサイドポケットかなぁ(半笑い)。
(4)カバンの中に手を突っ込んで感触で探す(心臓が若干ドキドキ鳴りはじめる)。
(5)カバンのメインのところのチャックをガッバーと開いて、しっかり目も見開いて確認する(冷や汗が出てくる)。
(6)カバンの中身を一旦全部出して探す(心臓、もうバクバク)。
(7)ズボンのポケットや、アウターのポケットを探すという謎の行動に出る。中に着ているシャツの胸ポケットも探す。ありとあらゆるポケットを探す(答えはもう出はじめている)。
サーキットのように再び前ポケットに戻り、この流れを2、3周繰り返す。財布や鍵などモノの重要度が上がれば上がるほど、このサーキットはより周回を重ねることになる。もはや奇跡にかけている。たまに声に出てしまっている時もあって、「はい、はい、忘れたと見せかけといて結局、最初の前ポケットの奥に入ってましたみたいなことやろ、もうええって」。半ばヤケクソでキレ気味に笑うのだ。
そうやって最終的には恐れていた事実に辿り着くことになる。もう逃れられない。受け入れなければならない。完全に忘れ物をしたと。だから忘れ物をしないようなシステムを構築することが大事だと考えた。答えは単純明快。そう、「確認」だ。確認こそすべて。
指差し確認はよくできている。「大人になってもまだ指差し確認なんて」という恥ずかしさを乗り越えれば、指差し確認にはかなり実用性がある。そもそも忘れ物をする方が恥ずかしいのだから、誰も見ていないロンリー指差し確認なんてへっちゃらだ。消防士さんや車掌さんもやっているんだぞ。顔から火が出るほど恥ずかしいとかいうけれど、その顔から出た火さえ消してくれるはずだ。
なので、逆によく忘れ物をする人に対しては思ってしまう。指差し確認とまでは言わないけれど、振り返れよ、と。部屋を出る時は一回だけでも振り返れよ。格好つけんな。絶対モテへんやろ。デートの別れ際でもそうや、振り返れよ。なんで自分は忘れ物なんてするわけない感丸出しで、颯爽と飛び出してんねん。「振り向くは一時の恥、振り向かぬは一生の恥」だ。
だが、僕の相方の鰻は全然振り向かないタイプだ。これまで何度も僕がサッカーのディフェンスのように、最終ラインから鰻の忘れ物のピンチを未然に防いでいる。これ絶対忘れるなぁという鰻のポジショニングは、すでに把握している。やはりよく忘れやすいエリアというものがあって鰻は見事にそこに忘れ物をする。でもすぐには指摘しない。敢えて泳がす。万引きGメンの如く、「はい、あのコ怪しいねぇ、忘れそうだねぇ、忘れそうだよぉ、くるよ、くるよ……はい、忘れた~」。
扉を開けて出て行こうとする相方の肩をトントンして「なにかお忘れではないですか?」と囁くことになる。
そんな僕がつい最近、忘れ物をした。
「え、どの口が言うてんねん?」とお思いだろう。連続忘れ物無安打記録を着々と更新してこのまま現役を終えるつもりでいたのに、帽子を忘れたのだ。
その日はお昼過ぎから喫茶店で溜まっていたアンケートやコラムの執筆、漫才のネタを考えるなど、もろもろの作業をする予定でいた。玄関を出る時、鏡に映る自分の髪の毛がボサボサなことに気がついたので、玄関脇に置いてあった帽子を被って外に出た。そして作業を終え、夕方から漫才の仕事へ。いつもよく行く吉本の劇場ではなく別のとても大きな会場での特別公演で、楽屋入りするとハンガーラックがないタイプの部屋だった。
だが、なぜかピアノがある。あるというか「ピアノがおる」という感じだ。そして横に長い化粧台と椅子が二脚、小さめのソファーとテーブルもある。ソファーは鰻と共有という感覚なので、自然と椅子がそれぞれの荷物置きになった。左が橋本、右が鰻。阿吽の呼吸でポジションが決まると、着ていたアウターを脱ぎ椅子に置いたカバンの上に重ねる。帽子もその上に重ねた、はず。漫才の衣装は化粧台の上に置いた。着替えて、脱いだ私服のシャツやズボンをまたカバンの上に重ねる。この時点で化粧台周りは結構パンパンだ。
1時間後に漫才を終え、衣装から私服に着替え、片付ける。化粧台周りには何もない。椅子も見る。楽屋を出る時に鰻にも「忘れ物ないね?」と声をかけた。いつもの流れ、完璧だ。お疲れ様でした……!
次の日は、静岡でのロケで早朝に家を出た。相変わらず髪の毛はボサボサ。今日も帽子を被ろうと玄関横に目をやると、「あれっ、ない?」。はいはい、カバンの中に入れたままねとカバンを探る。ない。めちゃくちゃ探すがない。
「ハ、ハワワ、アワァ、ホニャニャ~!!!?」
言葉にならず感情が擬音で押し寄せてくる間、昨日の楽屋の状況の全てがプレイバックされる。
そういえば帽子を被って出かけたのに帰りは被っていなかった。衣装や荷物を全部片付けていったら帽子だけ残るはず。本番前に髪の毛をちゃんとセットした後だから、わざわざ帽子を被って帰らない、カバンに入れたか……。この流れの記憶が全くない。となると、そもそも楽屋入りする前までにどこかに忘れていた可能性があるんじゃないか? 喫茶店か、タクシーか? いや、それはない! 思い出した! タクシーで会場の裏口に着き楽屋までのエレベーターを待っていると、扉がミラー加工だったので全身が映し出された。「あれ、久しぶりに帽子被ったけど、今日の服と相性ええなあ。意外に似合ってるなぁ」。年に数回しか発動しないプチナルシストを堪能していた記憶がバッチリ蘇った。楽屋までは確実に帽子を被っていたはずだ。絶望。情けない。自分への苛立ち。虚無感。指差し確認の魔術師でお馴染みのこの僕が、なんたる失態だ。落ち込んだ気持ちのまま新幹線で鰻に会うと、ダメ元で聞いてみた。「昨日、鰻の荷物の中に俺の帽子入ってなかったよなぁ?」。
「なかったと思うで、あったらさすがに気づくしなぁ」とごもっともな返答。
そうは言いつつも昔、僕の衣装の赤いネクタイが鰻のカバンに入っていたことがあった。「あっても気づかんでお馴染みやろ」と心の中で少し悪態をつく。「クソッ、ハンガーラックの罠や。なんでピアノあってん!? 旋律より戦慄走ってもうてんねんこっちは。ピアノよりまずハンガーラックやろ。ハンガーよりいろいろ引っかかってもうてんねんこっちは!」。静岡までの新幹線の中で、人のせいにする悪魔が僕の中で縦横無尽に暴れていた。
楽屋を出る時に確認したにもかかわらず、ならば一体どこに帽子は消えたんだ。自分の確認に自信を持っていればいるほど、「じゃあどこにあるのか」という疑問がぐるぐると頭を駆け巡る。本当に異次元にワープしたんじゃないかと思うことさえある。時空のエアポケットに入ったんだと、謎のファンタジー脳も発動してしまう。
そして感情はデクレッシェンド。だんだん弱く落ち込んでいく。「まぁ他にもまだ違うタイプの帽子は家にあったしな」「そろそろ新しい帽子買えってことかな」。無理やり自分を慰めようとするも、昨日のプチナルシスト橋本が蘇る。失って初めて気づく大切さ。実はあの帽子めちゃくちゃ気に入っていたんや、俺。強がってごめんな……。
そんなデクレッシェンドな気分でも、ロケの最中だけは帽子のことを忘れられた。マネージャーが働きはじめる時間を待って、昨日の会場に帽子を忘れたかもしれない旨をメールで伝えたら、「すぐに確認します」と返信がきた。どうか見つかりますように……。祈るような気持ちで運命の審判が下るのを待っていると、1時間も経たないうちに、「昨日楽屋に黒い帽子の忘れ物があったので現場担当の社員さんがピックアップしてくれている」とのこと。「ピックアップ」という文言が今までで一番カッコよく響いた。
このように忘れ物が見つかった時の喜びは半端ない。地獄から天国へ。アディショナルタイムの逆転ゴール並に震えるような快感だ。これだから忘れ物はやめられない。
(銀シャリ橋本直さんのエッセイの連載は毎月第3金曜日にブックバンで公開。橋本さんの“ツッコミ中毒”な日々が綴られます)
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橋本直(はしもと・なお)
1980年生まれ。兵庫県出身。関西学院大学経済学部を卒業後、2005年に鰻和弘とお笑いコンビ「銀シャリ」を結成し、2016年に「M-1グランプリ」で優勝。現在はテレビやラジオ、劇場を中心に活躍し、幅広い世代から人気を得ている。
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