「機種変更 都内 優しい」で検索するほどデジタル音痴の銀シャリ橋本…携帯ショップで「絶望しかない」と思った展開とは
人気お笑いコンビ・銀シャリ橋本直さんが文芸誌「波」で綴るのは、どうしてもツッコまずにはいられない、そんな“ツッコミ中毒”な日々。今回はウェブ限定の1本、テーマは「携帯電話の機種変更」です。相方・鰻和弘さんの4コマ漫画もあわせてお楽しみください。
***
携帯電話の機種変更がめちゃくちゃ嫌過ぎて億劫だ。いつも限界ギリギリ、いや、もはや壊れてから機種変更していると言っても過言ではない。
何年も使い続け、充電の減りがかなり速くなったりボタンの反応速度が遅くなったり、電源が不意に切れたりして、「さすがにもうそろそろしないとな……」と重い腰を上げながらすぐに、「でも今日はまだいいか」と思い直し、結果、電源を押しても何の反応もしなくなってから携帯ショップに駆け込むという、最悪のパターンをいままで繰り返している。
現在所持している携帯は使って2年目くらいに液晶画面にほんの小さな亀裂が入った。なにが原因で入ったかはわからない。なぜなら、機種変更が嫌い過ぎる僕は、外的損傷で次の機種変更までの期間がいたずらに早まらないように慎重すぎるほど丁寧に扱っていたので、携帯を落とすことなどないからだ。
それからさらに2年使い続けた結果亀裂はどんどん大きくなっていき、亀裂の端の方からボロボロと少しずつガラスが剥がれ落ちていく始末。しかも最近では、画面をタップしても反応してくれない回数が日に日に増していった。それでもやはり、機種変更の壁は高い。
そもそも、なぜ僕がここまで機種変更嫌いなのかというと、これまで無事に機種変更できたためしがないからだ。データが消えたり、パスワードを間違えてうまく引き継ぎできなかったり、バックアップも全然取れてなかったり……まぁトラウマなのです。
それに新しい携帯になった途端の手に持った時のサイズの違和感、スムーズに使えないあのもどかしさ、便利になること以上に感じる、前の知り尽くしている操作への未練。結局そんなものは、1週間も経たないうちに簡単に慣れてしまうというのに(携帯の機種変更について書いているはずが、なんだか物事の真理にふれている気がするのは僕だけだろうか)。
僕は1980年生まれだ。
iPhoneなんて当然この世に存在していなかった。電話といえば黒電話で、手作り感満載のミニ座布団みたいなのに鎮座し、サングラスセレブマダムが散歩しているワンちゃんの服みたいなパッチワーク布を電話に着させていたような時代だ。
高校時代の後半にポケベルが出始めたけれど、男子校で彼女もいなかった僕は特に必要性を感じなかったのでポケベルは通らず、大学でやっと携帯電話デビュー。しかもそれは本当にただ電話するためだけのもの。液晶画面はモノクロで、短い線の組み合わせで文字や絵を表す、なんとも言えない味があった。初期のたまごっちみたいな感じだ。画面はうっすら緑に光っていた記憶がある。
そこからメールができるようになり、送れる文字数も今のTwitterで呟くよりも断然制限があった携帯を経ての今だ。黒電話でダイヤルを回していた時代から、今の携帯への進化のスピードが果てしなく速すぎる。
本音を言うとビビっている。携帯電話にビビっている。デジタルの進化にめちゃくちゃビビっている。追いつけていない。
ハイスペックのパソコンがこの小さな携帯電話に、僕らの手の中に、集約されてしまっている。扱いきれていない。本当の「ダイヤル回して手を止めた~」なのだ。あの時代あたりで僕は止まったままだ。
どんどんアップデートされ続けていく携帯の進化を享受できていないもどかしさと、こんなにも便利な機能を使いこなせない絶望も相まって、身分不相応な恋に愛されないと知っているのに愛してしまいそうならいっそもう自分から好きになんて決してならないわ状態。
でもいつまでも進化に、自分の中のこの恋心に、目を背けるわけにはいかない。僕は大きな決断をした。
携帯が壊れる前に機種変更をする。他人にとっては小さな一歩にすぎないが、僕にとっては偉大なる飛躍なのだ……。
早速仕事のスケジュールが記載されているカレンダーを見ながら、機種変更できそうな日を探る。その週の木曜日の夕方が空いていたので行くつもりでいたが、当日は朝から雨で億劫になり行くのをやめた。行かない理由をくれた雨に少しだけ感謝した。
次の木曜日の夕方、また行けそうなスケジュールだった。天候に振り回されないよう、携帯ショップに予約を入れようと試みる。ただ機種変更をどの携帯ショップでするべきか迷う。相方の鰻とマネージャーに聞けば、ニ人ともどこでも一緒だと言う。
マネージャーにいたっては「ていうかお店行かなくても今もうネットで簡単に機種変更できますよ~」とのたまってきた。全くわかっていない。機種変更への畏怖、if、もしもを想定していないやつの考えだ。強者の理論は僕の胸には響かない。
ショップ店員さんの「えっ、こんなんもわからんの?」と呆れギレ顔されるのが恐怖すぎて「機種変更 都内 優しい」で検索する。優しければ都内どこまでも出向く覚悟は持っていた。
どうやら渋谷区のとある携帯ショップが優しいらしい。家の近所でも仕事先の近くでもない何のゆかりもない場所にある携帯ショップを予約する。
木曜日当日を迎えた。天気は晴れ。絶好の機種変日和だ。一番仲の良い後輩のにしむらベイベーくんに付き添ってもらう。にしむらベイベーくんはパソコンやデジタルになかなか詳しい。41歳のおじさんに35歳のおじさんが付き添う、最強の布陣で携帯ショップへ。
予約していた時間より早く着き、番号札を取り待機する。5分も待たずに番号を呼ばれる。
いざ出陣!という僕の意気込みとは裏腹に、最初は料金プランの見直しを提案されたのだが、どうみてもデキる店員さんだった。トークうますぎて逆に危ないんちゃうか高いプランとか知らんまに入らされるんちゃうかと一瞬疑ったくらいで、わかりやすく丁寧な説明にいちいち納得させられ、しかも前よりかなりお得になった。
「当たりだ!」
失礼かもしれないが、思わず心のなかでガッツポーズした。「機種変更 都内 優しい」で検索しただけあった。苦手で仕方なかった機種変更を乗り越えられるかもしれない。
そう高ぶったのも束の間、悪魔の一言で奈落の底に突き落とされる。
「データ移行の手続きと設定は別の者に代わりますので、少々お待ちください~」
か、代わる!? 「ちょと待て、ちょと待ってお兄さ~ん!」
お久しぶりの8.6秒バズーカーが脳内にこだまする。
初心者マークのカラーリングでデカデカと「新人」と書かれた名札をつけた店員さんが目の前に座った。
「ルーキーきたー!!」
プロ野球やJリーグの高卒ルーキー即デビューとは訳が違う。僕にとってのこの場合のルーキーは絶望しかない。
「だ、大丈夫なのか!?」
声には出さないものの、僕は焦った。だがすぐに、追加料金を払ってデータ移行の「あんしん見守りサービス」をお願いしていたことを思い出した。方法を教えてくれながら、データ移行が無事に完了するまで見守るという謎のサービスだったが、頼んでおいて正解だった。
そのルーキーは強めに握った拳を両膝にしっかりと置き、震える声で「お願いします」と言った。今から合気道の試合でもするんか、と心の中でツッコむ。
料金プラン変更の資料を見ながら説明していくルーキーの、その心もとない説明を見かねたのかベテランぽい店員さんがサッと横についた。小さい声でルーキーに「あとこれ説明しないとダメだよ」と小声で指示するベテラン。
僕の焦りはどんどん増していくなか、ルーキーが新人とは思えぬ大胆な発言をしっかりと物怖じしながら放った。
「……なんか、それだったらもう全部代わりにやっちゃって下さいよ」
僕は耳を疑った。気持ちはわかるけど、客の前で堂々と言うたらあかんやつやろ。というかルーキーよ、こっちに全部聞こえてもうてるぞ、もうちょっと小声で言わんかい。
心がざわついて仕方ない僕を横目に、ベテランが放った一言に再び耳を疑った。というかもう耳が捕まった。
「でもそんなん君がやらないと覚えないでしょ」
おいベテランよ、全部はっきり聞こえてもうてるぞ。ルーキーよりも大きな声ではっきり言わないでよ頼むから。
ルーキーは「デヘヘ……」と照れながら頭をポリポリと2回ほどかいた。4コマ漫画でしか見たことない光景だ。
どんなベテランでも誰しもが最初はルーキーなのはわかっているけれど、これほどあからさまにルーキーの試合経験の場に駆り出されている実験台バレバレの客だとさらされてしまっていいものか。せめてバラさずにやってほしい。
そしてルーキーは説明を終えると、元々使っていた携帯と新しい携帯を並べ、「今から携帯のデータ移行を行います」と言った。オペみたいな言い方だ。
ああそうか、忘れていた。安心見守りサービスもこのルーキーがやることになるのか。不安が募る。案の定、早々になかなかデータが移行できないトラブルが発生し、テンパるルーキー。
すると、ずっと黙っていたにしむらベイベーがデータ移行できない原因をネットで調べてくれた。そのやり方を試みると、すぐに直る。
「データ移行って難しくないのに、兄さんサービス入るんやって思ったんですけど、水差すのも悪いなって思って言えませんでした」
気が付かなかった。僕はもうすでに安心見守りサービスに加入していたのだ。4000円も払ったのに、後輩がネットで調べたらすぐ解決するなんて……!
データ移行には結構な時間がかかったので、ルーキーと雑談をする。年齢、出身大学、前職、転職してきた経緯……。元の携帯からデータを引き出している間にルーキーのデータも引き出してしまった。
僕とベイベーはいつの間にかこのルーキーを一人前に育ててあげようという、謎の親心に満ち溢れていた。ルーキーの安心見守りサービスは僕たちの温かい目だ。
そして何とか無事に機種変更を終えられた。あまりに簡単なことに驚いた。元の携帯のまま、アプリの配置もそのままでデータが移行されている。
結局僕は得体の知れない「携帯の進化」をよくわからないまま怖がっていただけで、近づいてみればそれほど恐れることはないものだとわかった。
いろいろ考えると2年後に再度機種変更するのが最適らしいので、今度は「ネットで簡単に」機種変更をしよう。もちろんすぐ隣には、にしむらベイベーという名の安心見守りサービスについてもらいながら。
***
橋本直(はしもと・なお)
1980年生まれ。兵庫県出身。関西学院大学経済学部を卒業後、2005年に鰻和弘とお笑いコンビ「銀シャリ」を結成し、2016年に「M-1グランプリ」で優勝。現在はテレビやラジオ、劇場を中心に活躍し、幅広い世代から人気を得ている。
連載記事
- 激旨ラーメン店で扇風機直撃……声掛けのタイミングを見失った銀シャリ橋本の顛末 2024/04/19
- 銀シャリがコンビで決めている寝坊対策とは?二人とも寝坊したときはアウトだが、実は病欠時の対応も万全 2024/03/15
- 親父が生きていたら一緒に酒を飲みたかった…ヘビースモーカーで本好きの父の面影を銀シャリ橋本が語る 2024/02/16
- 香川県で「どん兵衛」選択にドン引き…ほぼチェーン店で食べる相方の異常な食生活を銀シャリ橋本が語る 2024/01/15
- 「あれは一人じゃなかったんですね」と疑われた銀シャリ橋本…露天風呂付きの二人部屋での一日 熱海旅行の思い出を明かす 2023/12/15
- 人生で一番緊張したのは結婚式のスピーチ…銀シャリ橋本が芸人とは思えない弱メンタルぶりを語る 2023/11/17
- Wi-Fiのパスワードが見つからない、どうしても消せない照明など…ホテルの謎解きが厄介過ぎる件 銀シャリ橋本が語る 2023/10/20
- お笑い芸人を目指すのが恥ずかしかった銀シャリ・橋本が語った、養成所に入るまでの葛藤 2023/09/15
- 「笑顔の思い出がない」泣き虫で友達もできなかった……話すのが苦手だった銀シャリ橋本の青春時代 2023/08/18
- めちゃくちゃうまかった京都のラーメン屋に再訪 「えっ!!!」と絶句した銀シャリ橋本が味わった予想外の食体験 2023/07/21