オシャレ過ぎてメニューさえも頼み方がわからないカフェで自分の限界を知った話
人気お笑いコンビ・銀シャリ橋本直さんが文芸誌「波」で綴るのは、どうしてもツッコまずにはいられない、そんな“ツッコミ中毒”な日々。第3回のテーマは「オシャレなカフェにて」です。相方・鰻和弘さんの4コマ漫画もあわせてお楽しみください
***
来週収録の番組からアンケートの宿題が出ていた。再来週収録の番組からもアンケートが来ていた。この前アンケートを送った番組さえ追加でさらにアンケートが来ていた。もはやアンケートマトリョーシカだ。
その日は休みだったけれど、家で作業ができるわけがない。Netflix、Amazonプライム・ビデオ、TVerと、娯楽のコンテンツの誘惑は宇宙すぎて、エンタメのブラックホールに吸い込まれない自信がない。
そうだ、カフェに行こう。
とりあえず自転車に乗って、一駅先まで探索していると、外から見ても広くて落ち着いていそうな、激烈オシャレカフェを発見した。
めちゃくちゃ広くて内装もオシャレ、照明も明る過ぎず、とにかく全体的にいい塩梅のオトナな空間。喫茶店ではなく、カフェとしか呼べない雰囲気。アンケート作業の苦しみを、オシャレなカフェの華やかさで自分を高揚させて乗り切ろうという作戦だ。
優雅だ。実に優雅だ。いい、いいぞ。
ただ、すぐに面食らってしまった。メニューさえもオシャレ過ぎて頼み方がわからない。コーヒーの種類が漢字やったぞ。松、竹、梅ならぬ、極、雅……もうひとつ思いつかんけど、なんかそんな感じのやつだった。
しかもその漢字の上下に「~」がついていた。「~季節のタルタルソースを添えて~」みたいな、もはやフランス料理かいな。その上、漢字の横にアルファベットで読み方が書いてある。縦書きのアルファベットほど読みにくいものはない。
メニューの中身がよくわからないまま、焦ってメニュー表の真ん中のコーヒーを頼んでしまった。ただただ真ん中だっただけ。オシャレが過ぎるこの状況で、落ち着いて注文できる人はいるのだろうか。
注文を受けてから豆を挽きドリップするみたいで、待っている間、入り口横に並べられたクッキーやボトルのアイスコーヒーを、興味がないにもかかわらず後ろで手を組みながら眺める。しばらく眺めていたら、いつのまにか、テイクアウトメニューや絵画的に飾られているお店の歴史年表も熟読してしまった。その年表の説明の、字体もオシャレだ。その時代にこのフォントなかったやろ、と思わず口に出してしまいそうになった。
お店の雰囲気に違わず、創業者の男性もとんでもなくオシャレ。そういえば店員さんもオシャレだ。オシャレが過剰すぎやしないか。
もはや手持ち無沙汰で、アディショナルタイムに突入かと思ったらコーヒーが出来た。正方形のお盆にのせられた、軽く波打つ真っ白いコーヒーカップ。いい、実にいい。
シンプル・イズ・ベストなお盆とカップを手に席を探すと、1階にはガラス越しにでっかい焙煎機を拝める席が何席かあった。コーヒーマニアにはたまらない席だが、ただただ真ん中というだけで注文した僕には、いささかハードルが高い。
奥の階段から2階にあがると、さすが激烈オシャレカフェ、お客さんも皆オシャレだ。無人の椅子にかかっているのはGジャン。席取りの相場はカバンじゃないのか。
空いていた窓側の席に座ったのだが、椅子、というか、チェアーの座り心地も抜群だし、机、というか、テーブルもビンテージっぽいウッドテイストで渋い。本当のビンテージなのかビンテージ風なのか僕にわかるわけがない。もしかしたらヴィンテージと表記するべきかもしれない。
さっそく作業に取り掛かろうと、カバンからボールペンとノートをテーブルに広げる。どちらも100均で購入した、親しみやすい文房具。なんだか急に恥ずかしさが襲ってきた。万年筆と真っ黒のレザーノートにすぐ買い替えたろか。トランプのポーカーでいえば全部交換したくなるくらい、今の僕の手札はこのカフェに似つかわしくない。
だが、嘆いたところで手札は変わらない。万年筆でなくても面白い回答は書けるはずだ。よっしゃ、頑張りますかと、意気揚々と腕まくりをしようとしたら半袖だった。
コーヒーを一口飲んで落ち着きを取り戻し、ようやくアンケートに向き合い始めた矢先、視界の右端が歪んだ。貧乏ゆすりだ。隣の女性の貧乏ゆすりが、えげつないのだ。
僕も無意識でしてしまうときがあり、相方の鰻から注意されるのだが、永遠に止まらない気がするほどの勢いとリズムは、はっきり言って不快だ。とにかく気になる。
しかもこの女性の場合、縦揺れタイプじゃなくて横揺れタイプの貧乏ゆすりなのだ。もうエクササイズレベルで揺れている。
例えるならば、「アホ」でおなじみの坂田利夫師匠の名人芸、座って手を叩いた後に足を叩くことを交互に繰り返す、あの足の動きとそっくりだ。止まることなく坂田師匠が繰り返されている。
怪しまれない程度に横目で確認すると、その女性は一心不乱に読書をされていて、オシャレな黒革のブックカバーは、完璧にこのカフェとマッチしている。素敵だ、実に素敵だ。ただひとつ、貧乏ゆすりを除いては……!
もちろん他人を凝視するつもりはさらさらないし、むしろこの呪縛から解き放たれたいのだが、アンケートに集中しようとすればするほど、絶妙に視界に入ってくるから困った。
僕がどうしても集中できずにいると、突然揺れが止まり、今度は足を組み始めた。いよいよ終了の鐘が鳴るのか、と期待した途端、「おーっと! 再び動き始めた!!」。プロレスの3カウントを2・9で跳ね返した時の実況やないねんから。
今度は、足を組んで前に出された右足が前後に大きく揺れている。ゲートボールのスティックか大きな古時計の振り子か、はたまた浅間山荘の鉄球か、くらいの激しい揺れだ。さらに、そこから右足の足首を軸に上下に動かすパターンに変化した。貧乏ゆすりのバリエーション、何種類あるねん!
気がつけば、入店してからもう30分も経過している。アンケートにはまったく集中できない。揺れが止まればペンを手に取るのだが、すぐに動き出す。他の席に移動しようにも、あいにくオシャレボーイアンドガールたちで満席だ。
こうなったら意地だ。どうしてもこのオシャレ空間でアンケートを終わらせてやると思ったら、遠くの席が空いた。
よしっ! と移動しようと思った途端、おじさん3人組が階段を上がってきて、その席を奪われてしまった。色違いではあるが、全員チェックのシャツでハイキング帽みたいなのを被っている。楽しそうに談笑しているが、その声がデカい。「ほんで室内で帽子とらへんのかい!」と無意識に脳がツッコミを始めていることに気がつく。ますますアンケートに集中できない。
自分の不甲斐なさにマスクの下で唇を噛み締めていると、おじさんたちは仕事の話をし始めた。何やら資料らしきものを広げ、分厚い手帳に真剣にメモまでとっている。「えっ! 友達じゃなくて仕事関係の集まりなの!?」。一体何の集まりなのか、気になり過ぎて、気がつくと貧乏ゆすりへの意識は薄れてきていた。チャンスなんだかピンチなんだか、分からない。
相変わらずアンケートは1行も書けていないまま10分が過ぎると、会議が行き詰まったのか、おじさんたちが静かになった。チャンスだ。再びペンを強く握りしめる。
だが、静寂はすぐに破られた。「カチカチ、カチカチ」という音が聞こえてきたのだ。慌てて顔をあげると、おじさんのうちの1人が3色ボールペンの青のところをカチカチしていた。押しては戻し、押しては戻しを繰り返している。
この、カチカチの無限リピートが、僕は昔から苦手だ。ボールペンにしたら、「書くんかい、書かへんのかい」の無限ループ。さながら、吉本新喜劇の名物ギャグ・乳首ドリル。行為そのものの意味が理解できないし、規則的な音は、確実に他人の意識を巻き込む。手持ち無沙汰紛らわす選手権があったら、ベタすぎて、貧乏ゆすりとともに真っ先に予選敗退してしまうレベルやで。
激烈オシャレカフェの静かな空間に、貧乏ゆすりドラムとボールペンベースのセッションが鮮やかに繰り広げられるとは……。そもそも、一番使わなさそうな青色をカチカチすなよ! と、言いがかりにも似たツッコミまで頭をよぎる。
そういえば相方の鰻も色々な音を出すやつだ。慢性鼻炎気味なのでいつも口呼吸の彼は、お弁当を食べるとき、口は咀嚼に持っていかれて息を吸えないため、慣れない鼻で吸おうとしてフガフガと言いながら食べる。フランケンシュタインか!
そして、口からも吸いたくなるのか、しばしばご飯粒を飛ばす。缶コーヒーを飲むときも、生ビールをジョッキで飲んでいるのかというくらいゴクゴク飲む。喉をものすごく鳴らすのだ。しかも飲んだ後、缶の飲み口の溝に溜まったほんの少しのコーヒーを「ズズッ!」と吸うので、2段階で音がする。ああ、やかましいな……!
しばらく鰻のことを思い出していたら、例のカチカチ音が、意識から消滅していたことに気がついた。けれど、「意識から消滅していたことに気がついた」途端、また「カチカチ」と聞こえてきてしまった。
結局、他人のせいにしているだけで、僕が集中できていないだけ、ということが判明した。
何一つアンケートを記入できず、自分の集中力のなさにびっくりしながら、備え付けのお店のアンケートだけ記入して店を出た。
他人の音があると集中できないという観念を、まずは揺するべきだった。カチカチなのはボールペンではなく、僕の脳みそだったし、カリカリしていたのは、ボールペンより僕自身の方だった。スラスラ、アンケートへの回答が出てこなかったのは、ボールペンより……もうやめておく。
宿題のアンケートは、明日楽屋で書こう。鰻の咀嚼音を聞きながら。
(銀シャリ橋本直さんのエッセイの連載は毎月第3金曜日にブックバンで公開。橋本さんの“ツッコミ中毒”な日々が綴られます)
***
橋本直(はしもと・なお)
1980年生まれ。兵庫県出身。関西学院大学経済学部を卒業後、2005年に鰻和弘とお笑いコンビ「銀シャリ」を結成し、2016年に「M-1グランプリ」で優勝。現在はテレビやラジオ、劇場を中心に活躍し、幅広い世代から人気を得ている。
連載記事
- 激旨ラーメン店で扇風機直撃……声掛けのタイミングを見失った銀シャリ橋本の顛末 2024/04/19
- 銀シャリがコンビで決めている寝坊対策とは?二人とも寝坊したときはアウトだが、実は病欠時の対応も万全 2024/03/15
- 親父が生きていたら一緒に酒を飲みたかった…ヘビースモーカーで本好きの父の面影を銀シャリ橋本が語る 2024/02/16
- 香川県で「どん兵衛」選択にドン引き…ほぼチェーン店で食べる相方の異常な食生活を銀シャリ橋本が語る 2024/01/15
- 「あれは一人じゃなかったんですね」と疑われた銀シャリ橋本…露天風呂付きの二人部屋での一日 熱海旅行の思い出を明かす 2023/12/15
- 人生で一番緊張したのは結婚式のスピーチ…銀シャリ橋本が芸人とは思えない弱メンタルぶりを語る 2023/11/17
- Wi-Fiのパスワードが見つからない、どうしても消せない照明など…ホテルの謎解きが厄介過ぎる件 銀シャリ橋本が語る 2023/10/20
- お笑い芸人を目指すのが恥ずかしかった銀シャリ・橋本が語った、養成所に入るまでの葛藤 2023/09/15
- 「笑顔の思い出がない」泣き虫で友達もできなかった……話すのが苦手だった銀シャリ橋本の青春時代 2023/08/18
- めちゃくちゃうまかった京都のラーメン屋に再訪 「えっ!!!」と絶句した銀シャリ橋本が味わった予想外の食体験 2023/07/21