『82年生まれ、キム・ジヨン』
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82年生まれ、キム・ジヨン チョ・ナムジュ著
[レビュアー] 永江朗(書評家)
◆女性が共感韓国で大ヒット
キム・ジヨンは三十三歳の女性。IT企業に勤める夫と一歳の娘の三人で、ソウル市はずれの団地に住んでいる。ある日からジヨンは奇妙な言動をするようになる。まるで母や亡くなった友人が乗り移ったかのよう。ジヨンと夫は精神科医を訪ねる。
チョ・ナムジュの『82年生まれ、キム・ジヨン』は、当人と夫の話をもとに精神科医が構成したジヨンの半生という体裁をとっている。この小説が二〇一六年に発売されるや話題騒然、百万部を突破するベストセラーとなった。ちなみに韓国の人口は日本の約半分である。
なぜ大ヒットしたのか。多くの女性が「ジヨンは私だ」と感じたからだ。描かれているのは、韓国社会に根強く残る女性差別の現実である。生まれたときは「男の子じゃない」と祖父母にがっかりされ、学校でも就職でも男子優遇・女子冷遇。結婚・子育てとなると、ほとんどの苦労が女性に押しつけられる。子育てと仕事の両立は難しい。
書かれていることのほとんどが日本にも当てはまる。人名を変えれば、現代日本を舞台にしたといわれても違和感がないだろう。なにしろ日本では、入試における男女差別を「女子のほうがコミュニケーション能力が高いから」などと医大の学長が居直るのだから。
ジヨンに症状があらわれるきっかけとなったのは、保育園からの帰り、公園のベンチで聞こえてきた言葉である。ベビーカーに子どもを乗せてコーヒーを飲んでいると、サラリーマンが話している。
<俺も旦那の稼ぎでコーヒー飲んでぶらぶらしたいよなあ……ママ虫もいいご身分だよな>。「ママ虫」とは、「育児をろくにせず遊びまわる、害虫のような母親という意味のネットスラング」とのこと。日本でも通勤電車にベビーカーを押した母親が乗ってくると、舌打ちする者がいる。
日本も韓国も、男に下駄(げた)をはかせる時代はおしまいにしよう。女性に支持されているが、男性必読の小説である。
(斎藤真理子訳、筑摩書房 ・1620円)
1978年、ソウル生まれ。放送作家を経て2011年『耳をすませば』でデビュー。
◆もう一冊
チョ・ナムジュ他著『ヒョンナムオッパヘ:韓国フェミニズム小説集』(白水社)。斎藤真理子訳。