[本の森 SF・ファンタジー]『鬼憑き十兵衛』大塚已愛/『90秒の別世界』千葉聡

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鬼憑き十兵衛

『鬼憑き十兵衛』

著者
大塚 已愛 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103524113
発売日
2019/03/22
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

90秒の別世界

『90秒の別世界』

著者
千葉聡 [著]
出版社
立東舎
ISBN
9784845633432
発売日
2019/03/15
価格
814円(税込)

[本の森 SF・ファンタジー]『鬼憑き十兵衛』大塚已愛/『90秒の別世界』千葉聡

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 大塚已愛『鬼憑き十兵衛』(新潮社)は「刀剣乱舞」が好きな人におすすめしたい。「日本ファンタジーノベル大賞2018」の選考会において、満場一致で受賞が決まったというのも納得。新人離れした筆力で読ませる伝奇小説だ。

 時は一六三五年、熊本。藩主の剣術指南役である松山主水大吉が暗殺される場面で物語の幕は開く。暗殺者たちは現場にいた少年も殺そうとするが返り討ちにあう。少年は松山主水の遺児・十兵衛だった。瀕死の傷を負って逃げ込んだ廃寺で大悲と名乗る鬼に救われた十兵衛は、復讐を誓って侍だけを襲う山賊になるが……。山人と里人のあいだに生まれてどちらにもなりきれず、やっと手に入れたと思った居場所も父の死によって奪われた十兵衛の戦いが描かれていく。孤独な十兵衛だが、ひとりぼっちではないところがいい。

 まず、十兵衛の幼なじみで刀鍛冶の貫左。貫左は十兵衛を気遣いつつも干渉することなくサポートしてくれる。貫左が十兵衛の刀について〈この刀は信ずるに足る刀だよ〉〈刀っていうのはな、信じていれば必ずそれに報いるもんだ〉と言うくだりが印象的だ。とある御神刀の影打で刀身が異様に蒼いというこの刀は、物語のなかで非常に重要な役割を果たす。

 そして大悲。鬼のくせに僧侶の格好をしていて、その美貌は〈月の光が滴り落ちて人の形をとったなら、こんな風になるだろうというような姿をしている〉と表現される。十兵衛の流した血のおかげで生き返った大悲は、お礼に死ぬまで憑いてやると宣言する。言うことがいちいち気が利いていて面白く、メフィストフェレス的なキャラクターだ。十兵衛が殺した侍の屍を餌にするが、好物は器物に宿る精気や魂らしい。しかも料理上手。〈たとえ復讐を果たしたとしても、この身に咲く悔恨の花は散らない気がする〉と悩む少年と風変わりな鬼のコンビネーションは絶妙だ。十兵衛が拾った異国の美少女の正体や、恐ろしい術を使う敵との対決も胸が躍る。

 千葉聡『90秒の別世界』(立東舎)は、国語教科書の編集委員も務める歌人の小説デビュー作。ショートショート集であり、短歌のアンソロジーでもあるというユニークな一冊だ。最初の「ほとんど白紙スタート」で心をつかまれてしまった。盗作騒動に巻き込まれて挫折した画家が、印刷ミスのチラシをきっかけに再起する話。結びに置かれた中家菜津子の〈文字は鳥 ひらかれるまで永遠に白紙の空をはばたいている〉という短歌を読んだ瞬間、目の前に広い世界がひらけたような気がした。ドッペルゲンガーものと思いきやもうひとりの自分が時をさかのぼるという意外な展開に驚かされる「時をかける先祖」など、少し不思議でチャーミングな別世界に誘われる。

新潮社 小説新潮
2019年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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